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11 降下失敗

『あー、ユーリア?』

「それからお父さんお母さん。孫の顔見せられなくてごめんなさ……」

『覚悟決めてるところ悪いんですが、重量オーバーです。余分な武装は全部廃棄して下さい』

「……え?」


 その予想外の言葉にユーリアは高度計を見る。

 気付けば悍ましい程の落下感は無くなっていた。

 その数字の進みが多少緩やかとなっている。


「メイ、あんた……」


 その原因は呆れるほどに明らか。

 ユーリア機の背後から抱きしめるように、メイ機が絡まっている。

 その推力で自分ごとユーリアを持ち上げようとしている。

 降下失敗した時に、受信側アンテナもやられたらしく、こうして接触回線に切り替わるまで相手の声が聞こえていなかったのだと気付く。


『驚いている暇があったらさっさとダイエットして下さい! 今の速度だと機体のほうが耐えられないんですってば』

「え、あ。ご、ごめん」


 メイの言葉に急かされて慌ててユーリアは機体から余計な装備をパージしていく。

 一足先に落下していく部品を見て、総額幾らなんだろうかと怖くなった。まさか弁償は無いと思うのだが……。


 ユーリアの思考がちょっと場違いな方向に流れた。

 それを振り切ってユーリアはメイに意識を向ける。

 既に降下体勢に入っていたメイがここに居る。その意味に気付いたのだ。


「あんたまさか。バリュート切り離してきたの!?」

『他に方法が有るなら聞いておきたいですね』

「何やってんのバカ! メイの馬鹿! 大馬鹿! そのまま降下してれば安全だったのに……! 何でこっち来ちゃったのよ……」


 このままでは下手したら共倒れーーいや、かなりの確率でそうなる。一機分の推力で二機を支えられるほど、レオパードの推力はでたらめじゃない。

 ユーリア一人で済んだところをメイまで巻き込んでしまったと、涙を流す。


『えぇ……そこで馬鹿にされるとは思わなかったんですが。コウ! こっちは接触に成功! バックアップは不要です。降下地点の観測を頼みます!』

『任せろバッチリ記録してやる。二人共気をつけろよ』

「笹森まで……! 何やってんのよあんた達」


 今の口ぶりからして、メイが接触に失敗したらその時はコウもバリュートを切り離して降下する心積もりだったことが分かった。

 何で、そんな無茶をするのか。


『小隊長。あんた馬鹿か』

『意外と馬鹿ですよね』

「もう、何でこんな時まで二人して馬鹿にするのよ!」

『そりゃ当たり前の事をきいてきたからですね』

『俺らはチームだろ。チームメンバーが危機に陥ったんなら助ける。道理だろうがよ』


 だからって、こんな危険な真似をと思ったユーリアだったが、逆の立場になって考えると分かる。

 きっと自分も同じ様に飛び込んでいる。


『良いですかユーリア。既に降下コースはメチャクチャです。加えて速度も今のままでは機体が耐えられません』

「そうね」


 助けに来た二人の心意気に感動している場合ではない。

 多少はマシになったとはいえ危機的状況は継続中だ。


『ですから、狙うはこの海上です。地面に不時着するよりはマシでしょうから』

「そうね。でもバリュート無しの降下じゃ機体は」

『はい。機体は捨てざるを得ないでしょう。海上を漂流するか、或いは』

「陸地に近いところを狙うかのどちらかね」


 今回の降下作戦に合わせて、レオパードのサバイバルキットの中にはゴムボートも有る。

 それを使えば漂流も、陸地へ辿り着くのも叶うだろう。

 やはり問題は。


「速度ね」

『はい。水面を狙ってもこの速度では機体がバラバラになります』


 それを解決する方法。

 四十分に増えた残り時間で考えなくてはいけない。


「そういえば……」


 そこでユーリアはふと思い出す。

 以前に聞いた仁とシャーリーの会話だ。


「前に教官が言ってたことがあったよね。エーテルリアクターのリミッター解除の方法」

『確かにありましたが……出来るんですかそんな事。私達の機体で』

「分かんない。少なくともハード的には出来ると思うんだけど」


 ユーリアは考える。

 聞いた話によれば、それを行ったのは人型の大襲撃の時。

 レオパードの余剰機体に搭乗して行ったという。


 訓練生用のレオパードと、正規兵用の間に仕様の違いはあるのか。

 おそらくは無い。有るとしてもそれはハード的なものではなくソフト的な物のハズ。


 だがソフトウェアが対応していないのならば結局は不可能ということになる。


『なら希望はありますね。コウ! 聞こえてましたか!』

『……辛うじてな』


 大きくそれたコースを取りつつ有る二人の機体はもうすぐ惑星メルセの影に入ってしまう。

 そうなる前に。


『通信の中継を頼みます! 大至急!』


 今のアイデアを、実現可能か検討してもらうのだ。


「リアクターのリミッター解除。それ自体は可能ですが……」


 シャーリーは報告を聞いて表情を曇らせる。


「こちらから設定を転送することで、実行は可能です」


 仁の機体設定。

 それをそのままコピーしてやればいい。


 問題はその時。


「設定を更新している間、機体はシャットダウン状態になります。つまり、機体の推力が失われる」


 更に、ユーリアの機体は受信側のアンテナが損傷しているため、更新作業自体が出来ない。

 二機を辛うじて支えているメイ機の一時停止が必要だった。


「惑星の影に入られたらこちらからの通信は届きません。更新が途中で中断されたらそのまま再起動できない恐れがあります」


 更新から再起動。更にそこから慣れない機体設定で降下シーケンスの実行。


 こうして悩んでいる時間も惜しい。

 一分一秒の遅れが生死を分けるかも知れない。


 だがその不確実さに、シャーリーは決断が出来ない。

 時間が、アップデートにかかる時間さえ分かれば。

 様々な要因が絡み合うこの状況。最終的な時間を知るためには計算自体にも時間がかかる。


 懊悩するシャーリーの袖口が何かに引かれた。


「……え?」

「間に合うよ」


 何故かそこに、澪が居た。

 仁の部屋に閉じ込められているはずの澪が。

 鼻血を垂らしながら居た。


「澪ちゃん。何でここに」

「めいおねーちゃんの、間に合うよ」


 何で。だとか。

 どうしてそれを? だとか色々な疑問は過る。


 そのすべてを飲み込んでシャーリーは決断した。

 どの道、他に良い手が有るわけでもないのだ。

 このままでも二人が生き残れるか一か八か。

 だったら。


「機体のアップデートを開始します! ベルワール訓練生。機体を更新待機モードに!」


 そのシャーリーの決定に、メイはすぐに従った。

 機体の設定を切り替えているのだろうか。

 通信機からも小さな操作音が聞こえてくる。

 そこに紛れて。


『ねえ。ユーリア。更新開始したら通信もできなくなります』

「そうね」

『だから、最後かも知れないので言っておきたいのですが』

「最後なんかじゃない」


 きっぱりとユーリアは言い切る。


「絶対に最後なんかじゃない。あんたが一緒に居るんだから」

『……そうですね。ではまた後で』

「うん、また後で」


 メイからの通信が途切れる。

 推力が失われて高度が急速に下がり始める。

 残り時間は十二分。


「うん。大丈夫。だってメイ、いっつも遅刻ばっかりだけど……本当の本当に大事な時は何時もギリギリ間に合ってたんだから。今回だってきっと間に合うよ」


 思い返せばそんな綱渡りは日常茶飯事だった。

 だから今回の綱渡りも何時もどおり。そんなに緊張することはない。


 ああ。だけど。


「ほんと、待ってるだけって辛いなあ」


 何時だったか、仁がぼやいていたことを思い出す。

 自分だけじゃどうにもならないことは苦手だという言葉。


 自分の運命を相手に委ねることの恐怖。


 だが。


「でも、うん。信じてるからねメイ」


 その相手が心から信じている相手ならば自分のすべてを委ねることへの心地よさが有る。


「あんたはやる時はやる奴だって」


 二人の機体が惑星の影に入る。

 巡洋艦との通信が途切れる。


 スラスターの輝きは。まだ灯らない。


 地表まで残り十分。


 機体のカメラが地上を捉える。


 残ったたった一基のスラスターで、軌道修正。

 程よく陸地に近い、海面へと。


 地表まで残り九分。

 ここが限界点だ。

 ここから先で推力を取り戻したとしても、既にここまでで生じてしまった加速を打ち消しきれない。


 そう思った瞬間、ユーリアは自分が宙に浮いたかと思った。

 ずっと落下方向に加速していたのが急に減速したのでそう感じただけだ。

 つまりそれは上向きへの加速。

 推力が取り戻されたということ。


 地表まで残り八分。


 機体がブレる。

 空気抵抗が気流が。とにかくいろんな要因が機体の軌道を攫おうとする。


 二人共無言。

 この振動の中で口を開いたら舌を噛み切りそうだった。


 そして着水。

 穏やかに凪いでいた水面に激しい水柱が立った。


 機体からサバイバルキットだけを掴んでメイは脱出する。

 アサルトフレームは水中に対応していない。既に沈み始めていた。


「ユーリア! どこですかユーリア!」


 返事がない。まさか着水時に失神したのか。或いは溺れているのか。

 様々な可能性が頭を過る。

 潜水して、コックピットの状態を確かめようとしたメイの手足に何かが絡みつく。


「メイいいいいい。このおバカあああああ」


 原生生物かと思い撃退しようとしたメイはその涙声に動きを止めた。


「ユーリア!」


 もう顔はグッチャグチャだった。海水なのか涙なのか或いは鼻水か、何なのか分からない液体でドロドロである。


「助けてくれてありがとおお。もう大好きいいいいいいい!」

「ああ。分かりました分かりましたから離して下さいユーリア。溺れます」


 そう言いながらもメイは引き剥がそうとせず。

 海の真ん中で、ユーリアはメイを抱きしめながらワンワンと泣いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] た、助かったか…… 澪ちゃん何で分かったの?って言われそうだけど あれ?もしかして目覚めるクイーンを最初に見るor見つけるのって……
[一言] なんとかなったけど、澪の特異性が 公になりそうで怖い。 梅上さんの作品は楽しいけど怖い(誉め言葉
2020/01/13 12:04 退会済み
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