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10 降下開始

「……あんたまた」

「誤解ですユーリア! 寝坊したわけじゃないんです!」


 巡洋艦『アル』の船内。ユーリアとメイの二人部屋から慌ただしい声が聞こえてくる。

 

「じゃあ何だってのよ」

「一度は起きたんですが遂二度寝を」

「良いからさっさと支度しなさい!」

「分かりました!」


 メイの何時ものである。

 全くと腰に手を当ててユーリアはそのいつも通りのメイの態度をうらやましく思う。

 昨日はちょっと緊張して寝付きが悪かったユーリアとしては。

 

「いよいよ今日か……」


 惑星メルセに到着して8時間。

 整備士訓練生たちの実習――即ち、レオパードへのオービットパッケージ換装が完了した。

 

 次は操縦士訓練生の番。

 つまり軌道降下演習だ。

 

「陸地は全体の一割から二割。降下予定地点は赤道上、経度17度5分……」


 ぶつぶつとこの後に行われる演習予定をおさらいする。

 

 今までの訓練でも危険はあった。

 だが降下訓練は別格だ。

 大気圏突入でミスをすれば機体が燃え尽きる。

 それは即ち死だ。

 シミュレーター訓練は何度も行ってきたが、本番は初めて。

 

 緊張もする。

 

 だからこそ。

 

「よし、行きましょうユーリア。今日の朝ごはんは何ですかね」

「しっかりと食べておきなさいよ。最後の晩餐になるかもしれないんだから」

「人生最後の食事はもっと豪勢に行くと決めているので」


 こんないつも通りの親友の姿がユーリアには本当羨ましくて頼もしい。

 彼女が居れば何とかなる気がしてくるのだ。

 

 食堂に向かって食事を取る。

 キューブフードもこれでしばらく食べ修めだ。

 ここから帰路に就く10日間は、地上で調達した食料を食べることになる。

 

 ――気のせいだろうか。

 何時もの朝食よりも一品多かった。

 それがまるでユーリア自身が言った最後の晩餐――ならぬ朝餐の様でちょっと嫌になった。

 

「これから降下演習を開始する。各員、降下シーケンスに従って目標地点に集合だ。万一突入角度を誤って別の地点に降下した場合はビーコンを起動して救助を待て」


 仁が降下への注意事項を伝える。

 彼も内心はドキドキである。

 何しろこの降下演習。数年に一人か二人は降下に失敗する。

 特に初体験の二回生に多い。失敗の原因は様々だが、基本的には操縦ミス。不測の事態からの立て直しが遅れた結果だ。

 

「それでは四回生より降下を開始する。各員機体に搭乗。別命あるまで待機」


 その緊張をおくびも出さず、仁は訓練生達を機体へと押し込む。

 全員が乗り込んだのを確認して小さく呟いた。

 

「ほんと……自分でやる方が気が楽だ」


 自分の手ではどうしようもない状況というのが本当に嫌いなのだ。

 祈るだけ何て言うのは性に合わない。

 

 順次、レオパードが発艦していく。

 オービットパッケージによって大型化した機体。巡洋艦『アル』の中に詰め込まれた機体が次々と吐き出されていくと、格納庫の中はあっという間にガラガラになる。

 

「無事に帰って来いよ……」


 気にしすぎだろうかと仁は思う。

 だが――。

 

「何だろうな。嫌な予感がする」


 ピリピリとした漠然とした予感。

 何か悪いことが起こるのではないかという不安。

 

 この惑星メルセ自体に来たことが何かの間違いだったような――。

 

「考えすぎだな」


 小さく笑って、仁も己のレイヴンに乗り込む。

 彼も同じオービットパッケージ。

 

 訓練生達に続いて彼も降下し、遠征キャンプの指揮を取らなければいけない。

 他にも恩師を始めとした教員たちが乗った降下艇が待機している。

 

 それらの降下予定部隊が全て出撃した後。

 軌道降下が開始される。

 

 経験豊富な四回生達からの降下。

 オービットパッケージの胸部からバリュート――空気で膨らまされたクッション状の物体が展開する。

 機体をすっぽりと包み込むバリュートはそれがそのまま機体を熱から守り、断熱圧縮による加熱を防いでくれる。

 また凸凹した形状を持つアサルトフレームの機体を包み込むことで空気抵抗も一律の物と変えてくれる重要装備だ。

 

 これが無ければアサルトフレームはまともに降下など出来ない。

 大気の影響を受けて機体の軌道が定まらないのだ。

 

 次々と四回生の機体はそれを展開して降下していく。

 その動きによどみは無い。

 三回生もそれに続く。特にトラブルは起きていない。

 

「次。二回生。降下開始!」


 仁の掛け声と同時。

 二回生のレオパード達も大気圏へ突入していく。

 

「よし、行くわよ」

『了解ですユーリア』

『ったく、退屈だ』


 ユーリアの音頭に従ってメイとコウが降下を始める。

 ユーリアも一瞬躊躇って、そのまま降下を開始した。

 

 高度が下がっていく。

 足元から引き寄せてくる重力。

 今自分は落ちているのだと、嫌でも分かり本能的な恐怖が沸き起こる。

 

「大丈夫。大丈夫。大丈夫……」


 高度7000を切ったらバリュートを展開。

 それを繰り返し念じて、計器を睨む。

 

 10000。

 数字があっと言う間に減っていく。

 9000。

 今の機体速度は7km/s。1000キロメートルの高さを駆け降りるのに二分程度しかかかっていない。

 8000。

 この数字がそのまま、自分の寿命の様に思えてきてユーリアは胸が苦しい。

 7000。

 

「バリュート展開!」


 一気にレバーを引き上げる。

 胸部増設ユニットに設置されたバリュートが一斉に開く――だが。

 

『ユーリア! 何してるんですか! バリュート開いてませんよ!』

「分かってる!」


 コウとメイの機体はバリュートを展開して減速した。

 だがユーリアの機体だけはまだ開かない。そのままの速度で大気圏――さらにその底へと落ちていく。

 

「バリュートが絡まって……!」


 バリュートは布地だ。折りたたまれたそれが開き、空気を入れて膨らむ。

 

 だが、そもそもそれが開かなければ、どうしようもない。

 布地の折り方が不味かったのか。原因は定かではないが、とにかくユーリアのバリュートは開かなかった。

 

『ユーリア!』

「大丈夫! 脚部スラスターで減速しながら降下する!」


 軌道上に留まる為の脚部スラスターは、惑星の重力にも抵抗できる。

 だから、ユーリアもまだその時は危惧していなかった。

 

「機体姿勢を変更。エーテルを脚部スラスターに供給……」


 スラスターを点火。

 機体が減速を始める。

 

「高度6000……」


 何とかなりそうだと気を抜いた瞬間。

 

 小さな。

 本当に小さな音が聞こえた。

 

 それは小指の先ほども無い小さな破片。

 今から何年前かも定かではない昔、この惑星にクイーンが落着した時に剥がれ落ちた体表の欠片。

 

 軌道上を高速で周回していたそれが、ユーリアの機体に触れて、貫通した。

 

「エーテル供給ラインに異常発生……右脚部スラスター停止!?」


 スラスターの光が消える。

 どころかいきなり消えた推力は機体のモーメントを狂わせて、レオパードを錐揉みに回転させる。

 

「あっ……」


 不味いと思う暇もない。

 滅茶苦茶に振り回された機体は、軌道も滅茶苦茶になっている。

 降下角度何てもうこれっぽっちも合っていないし、偶に上を向いたスラスターは地面へ向けて加速さえさせている。

 

 立て直さないといけない。

 だが何をすればいいのか。

 どうすればいいのか。

 

 パニックになってしまったユーリアにはそれが分からない。

 ただ落ちるという事だけが分かってしまい。

 

「た、助け……」


 その言葉だけは飲み込んだ。

 無理だ。予定降下角度から離れた自分を助ける為には相手にも命を賭けさせる必要がある。

 そんな事、言えない。

 自分の為に死んでくれなんて口が裂けても言えない。

 

 高度5000。

 

 機体をどうにか立て直す。

 だが……もうどうしようもない。

 脚部増設スラスター一基だけではこの落下速度は止められない。

 二基でどうにかハードランディング……不時着できるかどうかという状態だったのだ。

 

 半分では墜落しかできない。

 そしてアサルトフレームにもその速度で地面に激突して耐えられる程の出鱈目な防御力はない。

 

 残り時間、20分。

 それがユーリアに残された時間だった。

 

「ねえ、メイ……聞こえる?」


 もう手遅れだと分かると、ユーリアも逆に落ち着いてくる。

 残された時間で言いたい事を言っておこうと口を開きだした。

 

「あんたと過ごした一年半……楽しかったよ。正直迷惑ばっかりかけられた気がするけど……気がするけど本当に楽しかった」


 頑張って取り繕おうかと思ったが、無理だった。

 だって本当に迷惑かけられた。何回遅刻に付き合わされたか分からない。

 でも楽しかった。こうして思い出せば涙が出てくるほどに。

 

「笹森もあんま無茶すんじゃないわよ。一番早死にしそうで心配」


 他に何を言おうかと迷い。どうせ最後だから言ってしまえとユーリアは思う。

 

「何か最近メイと仲が良いみたいだけど、あんまりあの子泣かせるんじゃないわよ。泣かせたら夢の中で呪ってやるんだから。それから――偶に私の事を思い出してくれると嬉しいかも」


 他には。

 他には――。

 

 考え出せばいくらでも言いたい事は思いつく。

 親への言葉もあるし。

 お世話になった人たちへの言葉もある。

 

 残り19分。ああ。きっと言い切れない。

 

「死にたく、無いなあ……」


 そんな当たり前の言葉をユーリアは呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] きょうかあああぁん!はりああーぷ!
[一言] 第二船団が何かする前に何か起っちゃった……。 いや、これも奴らの陰謀だ。そうにちげぇねえ。
2020/01/12 20:38 退会済み
管理
[一言] い、いきなりー⁉︎⁉︎ だ、大丈夫だ。恋愛脳はフラグを立ててない だから死なないはず。多分、きっと、恐らく、Maybe……
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