09 暗躍
「さて、行程はどうかな?」
「予定通りです。巡洋艦『アル』は惑星メルセへと航行中。到着は25時間後」
――ロンバルディア級戦艦『リサ』。
第二移民船団派遣部隊の旗艦は、静かに遠征訓練中の巡洋艦の後をつけていた。
「結構。くれぐれもこちらの位置を悟られない様に」
「了解」
その戦艦は確かにそこにある。
だが一切の姿を晒すことなく、宇宙の闇だけが広がっている。
かつて仁達が捕獲しようとした光学迷彩搭載型のドローン。
そこに使われていたのとまったく同じ技術がこの戦艦にも使用されていた。
不可視型の戦艦。
――無論、その存在は秘匿されている。
本来ならばロンバルディア改級となるところをロンバルディア級と登録しているのがその証だ。
「いやはや。まさかこんな機会が訪れるとはね」
そう感嘆の声を漏らすのはハロルド・バイロン。
妹であるシャーリーと面会していた時変わらぬ声音で、彼は今転がり込んだ幸運に感謝していた。
「確かなのですか? あの艦に我らの探し求めている者が居るというのは」
「間違いないよ。繭が反応している……正確には反応が弱まった。それは私たちの目当てが船団から離れた事の証だ」
「と、なると」
「既に乗員名簿は入手してある。第三船団訓練校の人間。間違いない」
ハロルドは唇を舐める。
「望外の幸運だ」
「そうなのですか?」
相槌を打つのは派遣部隊隊長――即ち、グリフォン部隊の隊長であるグレイスだ。
仁を前にして暴走しかけた智を制止した時にグリフォンに乗っていた人物でもある。
「そうだとも。訓練校の人間であるという事は軍人を目指している――ひいては人の為だ。我々の大義に共感してもらえるかもしれない」
「そこまで単純でもないとは思いますが。現に、生きていくために軍人になる者もおりますし、復讐という物もある」
「ああ。グレイス中佐はその口だったかい?」
「私というよりも部下ですね」
「楠木少尉か。彼女は優秀だよ。とてもね。何より目的意識が高い。我らの計画を実行する上で心強い同志だよ」
最も新参だが、同時に最も想いが強い。
とある計画を推し進めている彼らにとっては非常に有能な駒だった。
「しかし、本当にあの惑星メルセにクイーンタイプがいるのですか?」
「ああ。間違いない。それも結構古い奴だ」
「……信じられません」
第二船団が他船団と共有していない情報の一つ――一度惑星探査が行われ、安全だと判断された惑星にクイーンタイプのASIDが存在している。
いや、違う。厳密には惑星メルセを調査したのがハロルドの息のかかった人間だったのだ。
調査結果からクイーンの存在を消し去った。
秘匿するだけでも第二船団は他船団から罰を受ける様な重要情報だ。
「今、そのクイーンは完全な休眠状態にある。今は星のエーテルを吸い上げて旅の疲れを癒している所だろうさ」
「では、今のうちに」
「ところが休眠中のクイーンは自身を強固な殻で覆うからね……まずは目覚めて貰わないと」
まるでちょっと面倒な調理手順を説明する調子でハロルドは莫大な被害を齎すであろうクイーンの目覚めを願う。
その事一つとっても、ハロルドが常人の感性の中で生きていない事は明らかだった。
「何故態々隠蔽など……」
「調査をした時じゃ、鹵獲するのは無理だったからね。欲しいのはリアクター。鹵獲しないで撃破するのでは意味が無い」
故に隠匿した。
何時か自分たちの手で鹵獲する事が出来る日まで誰にも手を出されない様に。
そして今、その為の戦力は整っている。
更には目覚める為の鍵も、巡洋艦『アル』に乗っている。
まとめて計画を進められる。それを望外の幸運だとハロルドは笑っていた。
「オリジナルから派生して二つか三つ……これでダメならばいよいよオリジナルしかダメかもしれないなあ」
「左様ですか」
「一応、一体は見つかったからね。最悪そいつを狙うしかない」
ボロボロになったノートを、ハロルドは捲る。
手書きのノートは癖字で書かれており、非常に読み辛い。
それを難なくハロルドは読み解いていく。
「それが噂に聞く優美香ノートですか?」
「そう言えば実物を見せたこと無かったかな中佐には」
その何の変哲もないノートをハロルドはまるで宝物の様に掲げる。
事実、そのノートは彼にとって紛れもない宝だ。
「そう、これが優美香ノート……私のご先祖様が残してくれた予言の書さ。まあこれは写しだけどね」
優美香・バイロン。
移民船団最初期に存在したバイロン家の祖先だ。
今ある移民船団の基礎を作った女傑。伝記やらそれを元にした映画やらで結構有名な人物だ。
その彼女が、後の世に残したASIDに対する分析。
それを知る人は少ない。
ハロルドが優美香ノートと称した物。
たった一冊のノートに纏められたASIDの由来は、その信憑性の低さと内容の影響度から死後秘匿された。
ただ処分することも出来ず、第一船団の中で厳重に保管されていた物だ。
今となってはその内容が正しかったことが徐々に分かってきている。
「いやはや。叔父上の執念には頭が下がるね。持ち出し厳禁の優美香ノートの写本をいつのまにか作っちゃうんだからさ」
「ですか、そのお陰で我々はライテラ計画を実現できる」
「うん、叔父上には感謝しないとね」
ハロルドの叔父にあたる人物はどうやってか、そのノートを写していた。
それを手に入れたハロルドはその情報と自身の理論を元に、一つの計画を立てた。
ライテラ計画。
彼らが人類の為と称して活動するその根拠でもある。
「九体存在するあらゆるASIDの始祖。真クイーンとでも呼べるオリジナルが存在する。私たちにとってはその情報だけでも十分さ」
「あらゆるASIDを超え、従える本当の女王達ですか」
「そうなるね。まあ、全てのASIDがこいつらの群れに含まれるという事を考えれば、この九体を倒せればその瞬間にASIDはこの宇宙から退場だ。残るのは豊富な素材だけさ」
「ですがそれでは」
「ライテラ計画は実現できない。何とももどかしいね。邪魔者を一掃したいのに一掃したら私たちも困る」
参った参ったとハロルドは陽気に笑い、一転冷たい表情を浮かべた。
「部隊の準備は出来ているかい?」
「全機準備完了です。例え古のクイーンであっても後れは取りません」
「結構。大いに結構! 巡洋艦『アル』が接近すればきっとメルセのクイーンは目覚める。その時こそがチャンスだ。彼らに恩を売りつつ、我らの計画を一歩前に進めようでは無いか!」
ついにライテラ計画が本格的に動き出す。
その予兆を前に、中佐は自身も逸る胸を押さえつけて務めて冷静に尋ねた。
「訓練生達の船には妹君も乗艦しておられるとか……如何致しますか?」
「ああ。シャーリーかい」
確かに乗艦名簿の中には妹の名前もあったとハロルドは思い出す。
「別に特別扱いは要らないよ……いや、むしろあの子が目標である可能性はゼロだからね。助ける時は他を優先してもらいたい位さ」
本当に、シャーリーと話していた時と同じ調子で。
ハロルドは別に妹を助ける必要は無いと言い放った。
「大丈夫。計画が上手く行けば全て問題ない」
そう言って笑う彼は――いつも通りで。いつも通り過ぎてそれが逆に不気味だった。
◆ ◆ ◆
「見えて来た。惑星メルセだ」
巡洋艦『アル』の展望ブリッジ。
そこで仁は望遠で映し出された惑星の姿を見る。
「あれが惑星メルセか」
「水と大気の状態が良好で、それらの補給拠点としては最適な惑星って触れ込みですね」
「おとーさん、あれ何? シップ1よりおっきいよ!」
「あれが惑星だな。ほら、夜光ってるだろ?」
「あんなにおっきくないよ……?」
「それにあれ光ってないぞ東郷のお父さん」
子供からのその突っ込みに仁も少し固まる。
「あれ、何で光ってないんだ」
「いや、中尉……六歳と同じところに疑問を持たないで下さい。船団から見えるあの光は、惑星が恒星の光を反射して見えるものですよ。だから自発的に光ってるわけじゃないんです」
「へー」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「ほー知らんかった」
三人がシャーリーの豆知識に感心する。
「陸地が殆どない惑星で、その僅かな陸地に植物動物は限られた種のみ。広大な海の全ては探索されていませんが、危険な原生生物は無し。安全な惑星ですよ」
その言葉に澪と守が仁へと期待に満ちた視線を送る。
それを見て仁は手を胸の前で交差させた。
「ダメ。降下は無し!」
「えー」
「折角だから降りたい!」
「ダメったらダメ……間違っても密航なんてするなよ!」
既にここにいるという前科があるので仁は強調する。
「さて、明日から降下演習か。正直苦手なんだよなあれ」
「おや、エースともあろうお方が弱気な言葉」
「大気圏降下ってさ攻撃すれば解決する問題じゃないからな……」
「前々から思ってましたけどホント、脳筋ですね中尉」
「良いなあ。俺もアサルトフレーム乗ってみたいぜ」
仁の話を聞いていた守が、ほんの少し憧れを口にする。
「そうだな……乗る為にはやはり軍人になるのが手っ取り早いだろうな。防衛軍は良いぞ? 訓練校入校時点で多少とは言え給金がでるからな。高等学校進んだ同級生よりも早く職を得られる。それに年金制度もしっかりしてるからな。傷病で除隊になっても十分に生活可能だ」
「そのままドロップアウトして食堂やってるやつもいますしね」
ジェイクの顔を二人は思い浮かべる。
彼は結構上手く行った方だろう。
とは言え、ただ憧れているだけの子供にも仁は言う事があった。
「ただ当然、命のかかる危険な仕事だ。脳さえ無事なら再生治療も可能だが、死んでしまえば蘇る事は無い。その辺将来よく考えてみると良い。それでも入りたいというのなら……俺が生き残れるようにしっかり鍛えてやる」
守が入校する頃は恐らく仁もまだ教官を続けているかは分からない。
もしそうなったその時はコウと同じかそれ以上に鍛えてやろうと仁は舌なめずりする。
「う……や、やっぱやめておこうかな……」
その仁の表情を見て。守は相当ビビっている様だった。




