98 従えぬ命令
昼になるとリシャンのまわりに人が集まりだす。
波止場近くのコンクリの上、波音だけでなく、たまに波飛沫まで飛んできそうな場所で、大きな布が広げられており、その上には食べきれない程の料理が並んでいる。
「‥‥‥これは?」
その多くは魚だった。焼いたもの、串に刺して塩コショウで味付けされているもの、他にも野菜や、肉類も盛ってある。
「へい、姉さんに食べてもらおうかと‥‥」
キアンがドヤ顔でそう言ってきた。
「‥‥‥‥」
仮想空間ではあったが、食べ物を食べるという行為は味も匂いも満腹感もある。仮想世界のAIは生きて行く為に食事をとる必要があったが、リシャンはその理からは外れた存在であり、飲食をする必要はない。
「‥‥魚は好きじゃないんだけど」
「ああ! そうだったのですか! 申し訳ありません!」
キアンはそう言うと、皿を掴んで口の中に流し込んでいく。
魚関係はなくなったが、それでもかなりの量が残っている。
「全く‥‥こんな物を食べるわけないでしょ」
リシャンは吐き捨てるように言った。
=‥‥で、どうして全部平らげたのです?=
「いつもクロウが言ってるじゃない。目立つなって。あそこで断ったらまた問題が起こるかもしれない。任務に支障が出る可能性は排除しておくに、こした事はない」
=‥‥そうなんですかね=
クロウは反対側に顔を向けて、クック‥‥と笑う様に鳴いた。
それから小一時間した後、リシャンに管理局からの任務命令が届いた。
「何? もう一回言って!」
=はい‥‥管理局の指示は‥‥この地から撤退するようにという内容です=
「‥‥シャオティンは?」
=今回は見送るという‥‥=
「じゃあ、ここで戦闘が行われるのを、知らないフリして戻れって言うの? 一度にたくさんのAIが消滅したら空間が歪んでしまう‥‥その為に阻止しなきゃならないんじゃないの? 何もしないなんて馬っ鹿じゃないの⁈ 戻れるわけないでしょ!」
リシャンは死神の鎌を出した。刃は赤く輝き、燃え盛っている。
=これは管理局の決定です。落ち着いてください=
「‥‥もちろん、落ち着いてる」
=決定には従ってください=
「‥‥‥‥」
=お願いします=
リシャンには、クロウが何を言いたいかは分かった。
「‥‥従えない」
=‥‥‥‥=
「大丈夫、あなたの昔の相棒みたいにはならないから」
=‥‥‥‥=
クロウの目が光った。
リシャンの持っていた鎌が宙に消え去る。
「‥‥‥‥!」
=残念ですが‥‥リシャン‥‥あなたのエージェント権限を一時、はく奪します=
「‥‥‥‥」
リシャンはクロウのただの黒い球体のような瞳と、その中に映る自分の顔を睨みつけた。




