94 日常の波止場で
ザフラカン政府軍と湾岸都市連合軍‥‥一触即発と思われていたが、すぐにはぶつかる事もなく、数日が経った。それはお互いに警戒しあった結果であり、あたかも先に動いた方が不利益になる‥‥などという事を互いに認識でもしているかのような奇妙な状況だった。
ザフラカンは、先日の侵攻失敗から、これまでの勢いが削がれた事で、慎重にならざるをえない。とりわけ、一人で食い止めた人物の情報収集に、終始奔走していた。湾岸都市軍側も、リシャンというイレギュラーな存在で防衛出来た事もあるが、政府が使う強力な武器は脅威であり、また、再度彼女が味方をしてくれるという保証もないなか、一度の勝利で激情のままに逆侵攻をかける事は出来なかった。
お互いがお互いを警戒しながら身動きが取れず、さらに数日が経った。
「お早う!、嬢ちゃん!」
ジープなどの車両がおさまる大型のガレージの中、その部屋の隅にあるコンテナに腰をかけていた緑の軍服姿の少女に向けて、挨拶の言葉が次々と向けられる。
「‥‥‥‥」
だが、少女は返事を返さない、ただ膝の上に頬杖をついて、上の窓から入ってくる頼りない光を見つめている。
シャッターが開けられると、とたんに世界が変わる。機械油と火薬、埃の臭いは外に向かって流れていき、代わって海からの塩っぽい風で満たされていく。
それまで何も言葉を発していなかった少女‥‥リシャンは箱から飛び降りて、外に向かって歩いていく。
「‥‥‥‥まだ肌寒い‥‥ここは、砂漠の街なのにね」
クロウが頭を前後に揺らしながら、まるでカラスのように足元に歩いてくる。
=寒暖差がありますからね。もう少ししたら暑さで、この中にはいたくなくなると思いますよ=
「‥‥‥‥ふふ」
もちろん、リシャンは暑い寒いなどの感覚は任意で変更できる。それを知ってる上で、普通に話しかけてくるクロウに、リシャンはおかしくなって笑みを浮かべる。
ここは港湾都市連合軍‥‥政府から言えばゲリラ軍とか反乱軍とか、そういう輩の本拠地の港だ。
ザフラカンから戻ったリシャンは、リーダーのアジェトに言って、ここで調査をしている。調査と言っても、データを管理局本部に送信してから、次の指示が来るまでの待機時間で、他には何も指示がない以上、リシャンもどう動いて良いか思案中の状態だった。
どうなれば戦闘を回避できるのか‥‥それは簡単な事で、停戦すればいい。ザフラカンは侵攻をやめ、アジェト達は武器を置く‥‥そうすればこれまで通り、平穏な生活が続いていく。
だが、その平和は長くは続かない。数年後、もしくは数十年後‥‥再びこの地は戦禍に飲まれるだろう。この港街は、常に他国が狙っている。長期に平和だったのはただ運が良かったから‥‥だけに他ならない。




