92 刃で問う正義
書類棚で死角になっていた部屋の奥へと進んだ。
「‥‥‥‥誰だい君は?‥‥呼んだ覚えはないんだけど」
ここは執務室らしい。大きな机の奥でリシャンを見つけた男性が声をかけてきた。
「‥‥‥‥」
認識阻害は機能している。それなのに、あの男性は明らかにリシャンをとらえている。
「誰?‥‥うちの兵士にしては、妙だけど」
男は立ち上がった。ぼやけた感じにしか見えないはずだが、顔まではっきりと覚えられた‥‥彼は只物ではないようだ。
「私はリシャン」
「リシャン? 君はアジア人の傭兵なのか?」
「‥‥‥‥」
「まさか‥‥君みたいな子供まで‥‥」
「‥‥‥‥」
兵を呼ばれると思っていたリシャンは、彼のその言葉に、顔を曇らせる。
「あまり戦闘に向かない者は、入れるなとあれほど言っておいたのに‥‥監査は何をしてるんだ‥‥」
男はリシャンの前に立った。彼もかなり線が細い部類であったが、それでも上から見下ろす形になる。
「僕は‥‥世間で言う所の国王だ」
「‥‥バジラフ‥‥王」
事前に聞いていた話とは違い、好戦的には見えない。中東の男性にしてはヒゲも生やしていない。かなりの変わり者のようだ。
「どういう理由で兵に志願したかは分からないけど、すぐに家に帰りなさい」
「‥‥‥‥」
なぜそんな事を言ってくるのか、彼の真意を測りかねていたリシャンは、ただ黙っていた。
とにかく、彼のせいで周辺に紛争が絶えない状態になっている。ここで消去してしまえば、それでそんな争いはなくなるだろう。
「‥‥‥‥」
手の平を広げると、光の粒が現れ、それは鎌の形にまとまった。
「‥‥そうか‥‥君は‥‥暗殺者なのか‥‥」
「‥‥‥‥」
何もない空間から現れた鎌を見てもバジラフは動じない。リシャンは何も言わずに、バジラフ王の首に鎌の刃をかけた。
「王‥‥湾岸都市国家‥‥周辺地区への侵攻をやめる気はないの?」
「そうだね、それは出来ない」
「なぜ?」
リシャンには、刃物を突き付けられても自然体でいるこの男が、自国と自身の権勢の為だけを求めて行動するような人間には思えなかった。
「簡単な話さ‥‥僕がそうする事で、より多くの人間の命が助かるからね」
「‥‥‥‥」
「このまま僕が手をこまねいていたら、他国から侵略されて悲惨な事になるだろうね」
「‥‥‥‥」
同じ民族の保護を目的としての併合だとバジラフは言った。
「‥‥‥‥その為に出てる今の犠牲は、その為の必要悪だと?」
「‥‥心情的にはそんな簡単な事じゃないんだろうけど、これが最良の選択だと思ってる。人間は神様じゃないからベストな事はできない。常にベターな選択をしていくしかないんだ」
「‥‥‥‥」
「‥‥それが違うと言うなら‥‥その鎌で僕の首を斬ればいい。ここでそんな終わりになるなら、最初からそういう運命だったという事だ」
「‥‥‥‥」
リシャンは少しだけ鎌を動かす。当てられた喉から、少しだけ血が滲んできた。しばらくして鎌を上にあげた。
つまるところ、この男も、反乱軍のリーダーのアジェトも、互いの信念の為にぶつかっている。そして互いに正しいと信じて疑わないのだ。
事前に話し合えばそれで済んだかもしれないが、今となっては身内が犠牲になったアジェト達は、それで納得はしないだろう。ザフラカン政府にしても、犠牲は出ており、途中で止める事はできない。それにバジラフの言う通り、併合するのが平和への近道なのも確かだ。




