84 矜持の天秤
仮想現実へのテロ組織、ヴァイアスの動きがあり、現地での調査を命じられたリシャンは、管理局の指定されたポイントに実体化する。
「‥‥‥暑い‥‥‥」
ゆっくりと目を開いたリシャンが呟いた言葉はそれだった。
紫色の服は首元までしっかりと覆われており、脚も体形の出ないようなゆったりとした同じ色のズボンを着用している。その上に肩の張った青色のエプロンのような外套を羽織っているが、腰から下は前が開いており、足取りを隠すような事はない。手首には中指で止めたぴったりとした白い腕差しを付け、頭には同じ白色の布をグルグルに巻いたものをかぶり、強い日差しを避けていた。
露出している顔と腕、足首の白さが目に映る。
「温感遮断を実行」
リシャンの体の輪郭が光ると、それまで彼女を襲ってきていた熱はピタと止まった。
「‥‥‥‥前の国とは随分と景色が違うのね」
「そうですね、同じ013ですが、座標が大きく移動しています
クロウは涼しそうに説明する。
リシャンが言うように、前までの街とは趣が全く違っている。
海岸線沿いに並ぶ家々は真っ白で、コンクリや木とは素材が違うようだ。丘に沿って建てられた家や、小さなビルは密集しており、古ぼけた感じを受ける。漆喰の白色は日の光を受けて眩しく輝き、空の青との対比で強く目に焼き付いてくる。
その港では、たくさんの人が船からの荷物の積み下ろし作業の為、忙しそうに働いているのが見えた。
「‥‥‥‥」
リシャンは通りを歩いていく。石畳に接している青色のパンプスが小さな音をたてると、まわりの人々は物珍しそうにリシャンに視線を向けた。
通報してきたのは、アジェト、アルダムールというこの地で仮想世界での生活を開始した三十代後半の男性。基本的に管理局は初期設定の事に関して以外は、個々人の要望には応えるような事はしない。だが、何者かが規約違反をしている事で、権利が侵害されているという内容であった為、エージェントを派遣する事になった。
「アジェト‥‥どんな人なの?」
「仮想世界には十年前に接続。初期配置は、この世界のこの地での一般家庭という事でスタートしました。家族は予めに配置済みです」
「‥‥‥‥普通ね」
仮想世界での暮らしを求める人のほとんどは、現実では成しえなかった希望を初期配置という形で実現させていた。それなのに普通の生活を求める‥‥彼はリアルではかなり苦渋をなめてきたのかもしれない。
「アジェトはリアルで配偶者を亡くしています。子供はいません」
リシャンの考えを察したのか、肩にとまったクロウが説明を付け加える。
「‥‥‥この世界で家庭をね‥‥‥」
それなら十分に納得できる話だ。が、事前に聞いた話からすれば、その後の行動は不審に思える。
その後、彼はこの地の国家を打倒すべく、組織を立ち上げた。それは平穏な家庭とは正反対と言える。管理局は現地の政治体制などには不干渉で、表面的事実しか分からず、その辺りの情報は何も分からない。
それならなぜ管理局は動いたのか。規約違反との事だが、それは詳しく話を聞く必要がある。
「‥‥‥聞いてみますか‥」
リシャンは坂を下って港まで歩いた。
船乗りらしき人が、リフトでコンテナを移動させている。登録では遠方からの食料品とはなっているが、質量とデータ密度が表記と合っていない。
「‥‥‥‥」
木製で中身は見えないが、リシャンの視線はその箱の板を貫き通す。実際に中に入っているのは鉄製の筒をした物体が多数。鉛を火薬で打ちだす仕組みの原始的な武器だ。
港に置いてあるコンテナのうち、大部分に武器が入っている。食料もあるにはあるが、調理が必要のない保存のきく、携帯食料の割合が多い。あちこちに視線を走らせてみれば、船員のほとんどが、武器を携行している。
「何やらきな臭い所ね」
「紛争地帯の只中なので、それは当然でしょう。慎重に行動してください」
「了解」
肩に大きな木箱を担いでいる大柄な男に近寄った。




