82 仮想世界の小さな英雄
「‥‥お姉ちゃん?」
固まってしまったリシャンを心配そうに見つめる。
「とりあえず、ここから探しましょうか」
邪魔な麦わら帽子を紗菜に渡して、リシャンは家の軒下に潜り込む。
当然、中は薄暗く、蜘蛛の巣があちこちに張ってある。
「全く‥‥」
地面に斜めに渡してある木の梁が邪魔をして中々先へと進めない。こうなるとワンピースの長いスカートでは難しい。
とりあえず、近くに件の猫はいないようなので、リシャンは四つん這いで這い出た。
「‥‥‥‥ん?‥‥何だね、君は?」
入った所とは別の場所に出た所、そこの家主らしき中年の男性が不審そうな顔でそう言った。
「誰と聞かれれば、私は遠野楪。理由あって、ここに入った」
「え?」
「では失礼」
何の事か全く分からないでいる家主を残し、リシャンは堂々と玄関から外に出た。
「お姉ちゃん!」
紗菜が駆け寄ってくる。
「ここって、あなたの家じゃなかったの?」
「違うよ」
「‥‥‥‥」
悪びれずにそういう紗菜を見て、リシャンは何も言う気がなくなった。
「とにかく、この辺を探してみましょうか」
それから二人は街中を手あたり次第に探し続ける。
車の下、塀の上、マンホールの下、民家の屋根の上‥‥そうしてるうちに段々と日が落ちてくる。
「あ、あそこ!‥‥シラタキ!」
「!」
麦わら帽子を被った紗菜が指さしたのは、遠くにある十字路。道を横切って走って渡ろうとしている一匹の猫が見えた。間の悪い事に、丁度車が接近中で、このままだと、悲惨な結果になってしまう。
「‥‥‥‥く‥‥」
リシャンはダッシュして猫に近づく。まわりからは車に突進しているように見えたのか、悲鳴のようなものがあがった。
驚いた猫が身動きが取れなくなっている間に、その白黒の猫を抱き上げる。反動で止まらず、前転して勢いを殺して立ち上がった。
車は急ブレーキをかけて止まった。
「‥‥‥‥」
猫はリシャンの腕の中でニャアと鳴く。
「‥‥‥‥はい」
背中にハートの柄のある、どちらかと言えば愛想のなさそうな猫を、紗菜に渡した。
どこかでパチパチという音がした。最初は何の音か分からなかったが、それは手を叩いた音。それはやがてその場で見ていた人に伝染して大きな拍手の波になった。
「‥‥どういう事?」
=全く、どうしてあなたは、いつもいつも目立つ事をするんだか=
クロウのため息が、その中に消えていく。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「‥‥‥‥この程度の事で感謝をされるのは割にあわない」
猫を受け立った紗菜から礼を言われて、リシャンは肩の力を抜く。
「じゃあね」
麦わら帽子の上から頭を撫でる。
「良い人生の旅を!」
帽子を残したまま、リシャンは囲まれていた人混みの輪の中から逃げていった。




