71 ログアウトの代償
「‥‥‥‥僕は‥‥」
山中陶二は、広い応接室の中、照明もつけずに一人‥‥項垂れている。これ以上、気持ちの離れた涼子と暮らす事は出来ない。そう決断したからこそ、管理局にログアウトの希望を出したはずであったが、割り切ったつもりでいても気持ちはそうは単純なものではない。
楽しかった今までの思い出を次々と思いだしていく。その笑顔を思い出す事で、陶二の心は激しく揺さぶられていた。
「‥‥‥‥」
テーブルに置いてあったアルコールの瓶に手を伸ばしかけたが、それは途中でやめた。
酒に頼る事は、判断する事から逃げる事に他ならないと、自らを諫めた。
検証とは言っていたが、既にログアウトする事は決定しているに等しい。
それで彼女とは永遠に別れる。かわりに僕のAIが置かれ、彼女にとってのここでの生活は続いていく。その時間の経過を考える事は、陶二には胸が苦しくて仕方のない事だ。
もう一度やりなおせないだろうか‥‥その問いは何度も繰り返してきた。だが、彼女は他の男に走った。
インターフォンが鳴った。連打しているようで、ベルの音が連続で鳴りやまない。そのうちにドアを叩く音が聞こえてきた。
「‥‥‥‥何だ?」
遅い時間に来客の予定はない。管理局なら、こんな呼び出し方はしないはずである。
モニターを写してみた。
「な‥‥涼子!」
外で彼女がドアを叩いている。鍵は持っているはずだったが、落としたにしてはその叩き方が尋常ではない。
「ま‥‥待てって!」
彼女の手が血だらけになっている。陶二は慌ててドアを開けた。
「‥‥‥‥涼子‥‥どうして」
「‥‥‥‥」
陶二を見つめる彼女の瞳には、彼の姿が映っていない。表情無く、ただ空を見ているようだ。
「一体、どうしたんだ?」
「‥‥‥‥」
何も答えない妻の手を掴んで、家に入ろうとしたが、
“残念ながら!”
「!‥‥うわ!」
二人の間に爆風が巻き起こり、吹き飛ばされて距離が開いた。
「残念だけど、彼女はテロリストによる干渉を受けて、感情が無くなってしまった状態」
「‥‥‥‥」
陶二は口を開けたまま、死神の少女と倒れた涼子を交互に見る。
「このまま放置は出来ないの。管理局の規定によって消去‥‥」
リシャンは涼子に鎌を向ける。
「ま‥‥待ってくれ!」
「‥‥‥‥」
「そんな話は聞いてない! なんで涼子を‥‥」
「だから不完全なアバターはこの世界のバグになる。こうするしかない」
鎌を振り上げ、それから一気に振り下ろされる。
赤い光が首筋に伸びた。
「駄目だっ!」
「‥‥‥‥」
歪曲した赤色の金属の先が彼女の首先、数センチの所で止まった。
「‥‥どうして? あなたは彼女の裏切りを許せなかったんじゃないの? だからこの世界からログアウトしようとしていたのに。あなたはそれを望んだ。そして私がここに来た。これはその為に必要な事」
「それは‥‥」
リシャンの言葉に陶二は言葉が詰まった。




