70 管理局の犬と反逆者
「なぜ私を目標にしたのかしら?」
「数多のエージェントの中で、あなたが最も高い壁となって立ちはだかる‥‥だから排除しなければならなかった‥‥」
「テロリスト様に認めてもらうなんて光栄ね!」
リシャンは鎌を彼女の頭上めがけて振った。が、彼女はその鎌の刃を、笛の先端に当てて軌道を反らす。オレンジ色の火花が一瞬だけ散り、勢いのまま鎌は床に突き刺さる。
「リシャン‥‥私達はただ闇雲に仮想世界を壊す事が目的じゃない」
「システムに反してるなら同じでしょ」
「あなたなら分かるはず‥‥AIの好きにさせているこの世界は、幸福な世界にはほど遠い。彼らの幸せの為にも、そこに向かう為に方向性を示して、それを加速させなければならない」
「‥‥‥‥彼らの幸せの為‥‥ね‥‥フフ」
リシャンは鎌を回転させながら笑う。
「それって、お前達の思う幸せを、そうでない者に押し付けてるだけじゃないのかしら?」
「‥‥‥それでも‥‥」
「そんな戯言‥‥聞くわけないでしょ!」
鎌の回転を止め、斜め下から反対側へと振り上げた。風を切る音は響いたが、空を切っただけで全く手ごたえはない。
彼女の像は真っ二つになった。だが、左右に二つに分かれた彼女は、微笑みを浮かべたままだ。
〈また話し合いましょうリシャン‥‥この世界の真実を知ればあなたにも‥‥〉
「テロリストとの交渉はしない!」
鎌が横に振られる。赤い炎を纏ったような燃え盛る金属が行き過ぎた後、宙には赤い筋だけが残った。
「逃げられました。足取りを追う事は不可能です」
今までどこにいたのか、クロウが足元に降り立った。
「またヴァイアスというテロ組織‥‥」
日が暮れて真っ暗になった室内をリシャンはただ眺める。
「彼女は何者なの?‥‥何も情報がないと対処出来ないんだけど?」
「‥‥‥‥」
クロウの動きがピタと止まった。
こんな時、本部内で、何かの話し合いが行われていると思われる。リシャンは敢えてそこに口を挟んだりはしない。
「承認がおりました。統合政府仮想世界管理局規約、第三十二項、七条に基づいて、エージェント、リシャンに特A情報№522を開示します」
「大仰なのね」
「まあ、何事も形式が大事ですから」
「で?」
「はい‥‥彼女‥‥先ほどのテロリストは‥‥シャオティン。ヴァイアスのかなり上層部にいる存在と考えられています」
「‥‥‥シャオティン‥‥‥」
「彼女は‥‥管理局が作成した、AIのエージェントでした」
「作成?」
=はい、AIエージェントとして最初に任務につきましたが、次第に行動原理がおかしくなり、ついにはこちらの指示には従わなくなりました。テロリストによる改ざんだと考えられますが、そういう経緯で以降はエージェントは人間を当てる事になりました=
「‥‥何だ先輩なのか」
リシャンは微笑んで空へと舞い上がった。クロウも後をついてくる。
「現時点でシャオティンの破壊は難しいですね。こちらの手を知り尽くしています」
「‥‥‥‥」
初期設定では、ある程度の行動原理が与えられるが、時間が経過すると、それが環境によって変化してくる。最初から最後まで変わらない者はいない。だからそれは正しい変化なのかもしれない。
管理局の忠実な犬として設定された彼女は、何を見て、何を聞く事で考えを変える事になったのだろうか‥‥リシャンは頭上に見える偽物でしかない夜空を見ながら、黙って考え続ける。
「ま、いいわ」
リシャンは視線を上から下へと変える。
無数の光は人の営みの証。
「さて‥‥‥‥犬として仕事をしますか」
クロウに顔を向けたが、すぐに顔を横に向けた。




