69 テロリストの微笑
それは朱色の着物の女性。リシャンと同じ長い黒髪で真っ白な肌ではあったが、リシャンより年上に見える。結った髪には薄緑色の羽飾りと、金のカンザシを後ろに盛った髪に差し、金のカチューシャには花をあしらえた小物があしらえられていた。眉の上で切りそろえた髪の下にある長い眉毛、その下の大きな瞳はただじっとリシャンを移している。着物の袖にある白いフリルの先から伸びる手には、黒い棒のようなものを持っているが、それが何かは分からない。
「あなたは、どうして分かったの?」
彼女は優し気な声でそう尋ねてきた。表情も穏やかだが、瞳に表情はない。
「テロリストの形跡があるのに、クロウが無いって答えたから。それにアサヒって誰よ?」
恐らく、あの時からこの目の前の彼女の術中に囚われていたのだろう。
「‥‥だとしても‥‥」
彼女は小首を傾げる。
「リシャン‥‥あなたは、あの世界の中に幸せを感じていたはず。私はそれを感じた」
「そうね。だから楽しんでたわ。そこはお礼を言っておく。ありがとう」
彼女はなぜか名前を知っているようだ。
鎌の刃を突き付けた。
「‥‥で、あなたが彼女‥‥山中涼子を変えたテロリストって認識でいいのね?」
「テロリスト?‥‥そうね、政府のエージェントのあなたを無力化するのが目的だったけど‥‥」
「私が目的?」
「‥‥‥‥」
彼女は鎌を無視するように、長い着物の裾を引きずるように歩き、床に座り込んでいる二人の近くに移動した。
「この男‥‥アキトは、導きようもないほど幸福から離れてしまっていたけど、そんな彼を利用して山中涼子の幸せを歪めてしまった事‥‥申し訳ないと思っているわ」
テロリストの女性は棒を横にして口に咥える。
「戻しましょう‥‥」
棒は横笛で、ゆったりとした音が、この狭い空間に満たされていく。
その旋律は心地よさすら感じる程である。
「‥‥‥あ‥‥‥あ‥‥」
ハタノアキトは前後に体を揺らしはじめる。やがて瞳から光が無くなり、糸の切れた人形のように力が抜けて座り込んだ。
AIアバターはこの世界の一部として緻密なパズルの一つとして組み込まれている。そこに予期せぬ介入があった場合、その接続を断ったとしても、この仮想世界の一部として復帰する事は出来ない。システムが不穏因子として判断し、世界に歪みが広がる前に強制接続解除される。
表情のなくなった彼は、次第に白い光の布に包まれ、やがて消えていった。
「‥‥‥‥」
山中涼子はハタノアキトが消えて行く様をじっと見ていた。
彼への愛情というものを強制させられていた彼女は、そこでその介入を遮断されたはずである。
「あ‥‥ああ‥‥」
口を震わせ、頭を大きく振っている。そうしてる間に驚きも恐怖も、その顔からは伺う事が出来なくなった。
「ああああ!」
無表情のまま叫びながら、玄関から飛び出していく。恐らく、感情は死んだ。それでも反射で動く事は出来る。例えるなら、この世界の創作物に存在するゾンビというものに近い。そんなAIの存在をシステムは許容したりはしないだろう。
「‥‥‥‥」
リシャンは彼女の去ったドアを見つめる。それから顔だけをテロリストに向けた。
「お前も、そのヴァイアスとかいう組織の一員?」
静かに語ってはいたが、瞳は激しく揺れている。
「‥‥‥‥」
彼女は何も言わず、ただゆっくりと頭を下げた




