67 裏切りの確証
閑静な住宅街から離れた、マンションの立ち並ぶベッドタウンの中心区域。そこに涼子の運転する赤い車が走り抜けていく。サングラスの下の瞳は見えない。だが唇をきつく噛みしめており、そこから彼女の苦々しい表情が伝わってくる。
黄色信号を無理に走り抜ける。後ろからクラクションと怒号が飛んできたが、彼女は全く意に介さない。
やがて車は一際大きなビルの中へと入っていく。
「あそこが浮気相手の男の家?」
地上からでは何があるのか分からない程の高空から、リシャンは正確に涼子の動向を観察する。
「はい、ハタノアキト‥‥私立の大学二年生です」
「学生にしては随分と立派な場所に住んでるんじゃない? 親が金持ちだとか、そういうパターン?」
「両親は病院を経営しており、確かに恵まれてはいますが、彼の場合はそれだけでもないようです」
「と言うと?」
「‥‥彼は複数の女性から金銭的な支援をしてもらってるようです」
「涼子もその一人って事ね」
「彼女は夫に内緒でかなりの金額を口座から引き出しています。恐らく、ハタノアキトに提供したものだと」
「へえ‥‥」
リシャンは腕組みして考え込む。
つまり陶二が与えたものでは満足できなかったという事になる。浮気相手はそれ以上の何を彼女に与えたのだろうか。
「‥‥‥‥」
リシャンは急降下してマンションの入り口に立った。
セキュリティ上、部外者は入れないようになっている扉は、リシャンが近づくと、自動で開いた。
「‥‥‥‥十五階か」
リシャンの姿が宙に滲む。景色は変わってはいないが、再び現れたのは彼女が口にした十五階だ。
一つの部屋のドアの前に立つ。防音がしっかりとしており、物音は何も聞こえないが、微かに響いてくる音を拾いあげる。
声が聞こえる。
一人は涼子の声、もう一人は若い男のものだ。
「これで確定しましたね。ヤマナカトウジの申告通り、彼のログアウトの準備に入ります。まずはヤマナカトウジの代わりのAIを配置‥‥」
「待って」
何やら中で大声をあげている。それは男女の営みのものとは思えない。
リシャンは扉をすり抜けて中へと入った。
案の定、涼子が大声で男に詰め寄っている。
「どうして!」
「‥‥どうしてって言うかさぁ‥‥」
髪を派手な赤色に染めた男‥‥ハタノアキトは、面倒臭そうに、ため息をついた。
「だいたい、困るんだよな。用事があるときはこっちから連絡するって言ってただろ? 何、勝手に来てるんだよ」
「会いたかったのよ! 何が駄目なの? 私を好きって言ったじゃない」
「全く‥‥もういいや」
くわえていたタバコを灰皿にこすりつける。
「あんたみたいな、おばさん‥‥本気で相手にしてたと思ってたの? おめでたいな。金持ってるから相手してやってただけたっての」
「‥‥そんな。私は‥‥」
リシャンは二人の話を黙って聞いている。
特に珍しくもない。ありふれた男女の会話だ。
いくら聞いていても、実直で温厚な陶二と、このハタノアキトという男とは比べようがない。彼女はこの男の何処に惹かれたのだろうか。
「クロウ、プログラム改変の形跡は?」
「ありません」
「‥‥‥‥」
彼女は自分の意志で陶二を裏切ったという事になる。
「申告を了承」
クロウの返事がない。
「クロウ?」
玄関に立っていたはずが、辺りがザザっと砂嵐の様に揺れ始める。
壁を構成していたフレームが歪み、破片となって崩れ落ちた。
「‥‥‥‥」
周囲は完全に闇に変わった。
地に足がついてなく、どちらが上か下かも分からない。目を瞑っているのか、開いているのか‥‥どちらにしても何も変わらない。
「‥‥‥‥」
リシャンは手を伸ばした。
その手を誰かが掴む。




