65 彼女は設定か愛か
ドアを開けるときに手首をひねったけど、痛みすら感じない。
何も持ってない。スマホも、財布も‥‥。ただ胸ポケットにスマートキーがあったから、私はガレージに走って車を出す。
赤いオープンカー。アキトの為に買った。私はダッシュボードからサングラスを出してエンジンをかける。
もう限界。
ひたすらにアクセルを踏み続ける。
それで解決できるとさえ、思えるくらいに強く。
すぐに前方に車が迫る。
私は追い抜いていったけど、対向車が来てて、ギリギリの所で避けて元のレーンに戻る。後ろからクラクションが鳴らされた。
「‥‥‥‥」
うるさい! うるさい!
どうして誰も分かってくれない!
私は更にスピードをあげた。
「驚きました、今日は新たな発見がありました」
「‥‥‥‥」
涼子が家から飛び出した後、嵐が過ぎ去ったかのような部屋の中を見渡したクロウはつぶやく。
「データ上で壊したものの修復は出来ますが、それも不自然ですからね‥‥あなたが、こんなに不器用だったとは」
「‥‥‥‥そんなわけないでしょ。ストレスを抱えた涼子は、発散する為に浮気相手の男の所に行き着くはずだし」
ポニーテール、メイド服の少女が答えた。
「それはそうかもしれませんが‥‥」
妻から怒りをぶつけられた陶二は、ソファーに座って、ただ黙って床を見つめていた。いきなり部屋の中に現れたもの言うカラスを目の当たりにしても、何の感心も示さない。
「そういうわけで、しばらく涼子を見張ってて」
「了解」
それで納得したのか、してないのかは分からないが、クロウは壁に歩いていき、ぶつからずにすり抜けて消えた。
陶二は顔をあげた。
「涼子をけしかける為に、わざとした事だと分かっています」
今の会話を聞いていたのか、説明しなくとも理解しているようだった。陶二は震えるようなため息をつく。スマホの呼び出し音が鳴り、勢いよく画面を見るが、会社からだと知った陶二は何も言わずに切ってしまった。
「彼女は、いつもあんな感じ?」
「‥‥そうですね。なるべく気をつかってはいるのですが、ああやって早口でまくしたてられると、僕も感情的になってしまう時があって‥‥その時は‥‥まあ、部屋はこんな感じになりますよ」
少し冗談交じりで話そうとはしているようだったが、逆に物事の深刻さが伝わってくる。
「出会った時は、ああではありませんでした。僕は大学ではテニスサークルにいて、二年の時に後輩として彼女が入ってきました。僕はあまり酒には強くはなかったのですが、どうしてもサークルの関係で出なければならない時があって、それで無理に飲んで気分を悪くした時、いつも彼女は介抱してくれました」
「‥‥‥‥」
語っている陶二の顔は穏やかだった。リシャンはそんな陶二の顔‥‥その瞳を見つめる。
陶二は話をつづけた。
「それが仮想世界で、僕が希望した初期設定だという事は十分分かっています。あんなに都合よく、優しい‥‥」
途中で陶二は口を閉じる。
「‥‥彼女が僕を好いてくれるなんて、あり得ないような話ですから。だから当時の僕は悩みました。彼女はそうさせられているのであって、本当はどうかは分からない」
「今のあなたはどう思ってるの?」
「‥‥‥‥」
頬杖をついた陶二は下を向く。ガラステーブルに彼の顔が映る。見えるのは本物ではない、映った偽物の顔だった。リシャンはその映った顔を見つめた。




