62 インターフォンのベルが鳴るとき
「ただいま」
私が帰宅すると、夫の陶二は机の上に突っ伏して寝ている。モニターは付けっぱなし。遅くまで仕事をしていたのだろう。
キッチンに行くと、冷蔵庫の中の冷凍食品が幾つかなくなっており、一応は食事はしていた事が分かる。テーブルの上にはビールの缶が二つ空いていた。
「‥‥‥‥」
以前は、彼が家にいる時は、必ず食事は作っていた。今はとてもそんな事をする気にならない。
愛していたのはもう遠い昔のように思える。
今はただ、大学生のアキトの事しか考えられない。
私とは歳が離れ過ぎている。でも彼は私が好きと言ってくれた。
そして愛してくれた。
私も彼が好き。
陶二よりもずっと。
彼の為にも私は若くいなければならない。
「‥‥えっと‥‥」
衣装室の棚から、ケア用品の入った籠を出す。開けるとそこにはたくさんの瓶が入ってる。どれも値の張るものばかりだが、そんな事は問題ではない。
少しでも効果があるなら、それだけで私はアキトと釣り合う女性になる事が出来るのだから。
アキトとなら私は幸せになれる。
昼になったけど、陶二はまだ起きてこない。
いっその事、このままずっと寝ててほしいと思う。
そうすれば、この家にアキトを呼んで‥‥。
でもそれは駄目ね。
彼はまだ大学生。就職するにしても収入が低すぎてここでの生活を維持できない。
「‥‥うまくいかないものね‥‥」
何度かのため息をついたその時、インターフォンのベルが鳴った。
「はい」
リビング脇のボタンを押すと、壁のモニターに玄関の様子が映し出された。
メイドのような白黒の服を着たポニーテールの小さな子が映っている。
“家事の仕事の依頼で来ました”
「家政婦さん?」
話は聞いている。だが、それにしては若すぎる。ここからだと中学生ぐらいにしか見えない。
“そうです”
「‥‥‥‥」
何となくおかしいと思いながらドアを開ける。
「はじめまして、今日からここで働かせてもらう遠野楪といいます」
ユズリハと名乗った少女はニコっと笑った。
モニター越しに感じた通り、彼女が成人した女性には見えない。
「‥‥どうも、山中涼子です。主人は今は仕事明けで寝ています」
「そうですか」
やってもらう家事の内容を説明する為、家の中を一通り案内する。
「こっちがリビング‥‥反対側のドア三つが、客室で、廊下の外れにあるのがお手洗いです」
「はい」
私が説明すると、彼女は頷きながら中を覗き込んでいる。
「‥‥ここはワインセラーの部屋に通じる中二階で‥‥天井が低いから頭をぶつけないように気を付けてください」
「はい、ありがとうございます」
彼女は屈んで中に入っていく。




