60 死神の訪問
「ここがその家?」
黒髪をポニーテールに結んだ少女が、豪奢な住宅の立ち並ぶその家の一つの前で立ち止まった。白のフリルの付いた黒いワンピースの上に、肩に房の付いたエプロンを付けている。腰には太く黒いベルトで絞められており、腰には大きめの白いリボンが結ばれていた。
それだけなら普通の少女だが、覆われていない、腕、脚、顔‥‥肌色と言うには憚られるほどに白く、まるで人形のようにも見える。それでも彼女の目じりの紅潮した朱色が、彼女が生きた人間だという事を証明していた。
風に揺れる並木道の街路樹の若葉の葉を通した光が、初夏の日差しを間断をつけて彼女に降り注ぐ。
今日は少しだけ暑い。
「はい、山中陶二‥‥ヤマナカトウジの家です。彼は四十歳。この仮想世界013に接続して二十二年になります。大学を卒業して二年後に結婚。その後、一子を設け、商社に就職しますが、後に離職してベンチャー企業を設立。経営状態は良好のようです」
クロウが説明する。
「仮想世界では先輩ね」
「この013が始まって間もない時期からですからね」
少女‥‥リシャンは大きな門構えを見上げて笑みを浮かべる。
「美人の奥さん、可愛い娘、何不自由のない生活‥‥まさに順風満帆ってわけね」
今回の仕事内容を事前に聞いていたリシャンは、皮肉っぽく、そう言った。
「今のこの生活を捨てて、今さらリアル世界に帰りたいなんてね。最近、多いんじゃない?」
「リンクしている人数に比べれば、誤差の範囲です。問題にはなりません」
「あ、そう」
リシャンはクロウを無視してドアに続く小さな階段を上がる。
インターフォンのボタンを鳴らす。
“はい”
「山中さんですか?」
“そうです”
モニターカメラがあちこちから覗いているのが分かる。
「管理局からきました」
“お待ちください”
少し緊張したような声が返って来てすぐにガシャという音が響き、ドアのロックが解除され、中から男性が顔を出した。
「‥‥‥‥」
リシャンの姿を見て、少しだけ顔を曇らせる。
「あなたは、本当に‥‥管理局の人ですか?」
「信じられませんか?」
長い年月をこの世界の住人として暮らしてきた山中には、数世紀未来からの使者というのは遠い記憶の彼方にしかないのだろう‥‥それも仕方のない事だと、リシャンは山中の言葉を解釈した。
「‥‥‥‥」
リシャンは何もない宙に鎌を出現させる。
「‥‥分かりました」
山中は口を開けていた。その鎌の輝きを目にして、全てを納得したようだった。
「ふふ‥‥」
そんな山中を横眼に、リシャンは家の中に入る。
通された部屋は吹き抜けで、天井には空気循環用に大きなファンが回っている。壁は木目が目立ち、コンセプトは自然という事は一目瞭然だ。
座ったリシャンのテーブルの上にコーヒーが出される。
「お構いなく」
そう言いつつも、リシャンはカップを取って口をつけた。
受け皿に戻してすぐ、口を開く。
「早速、本題ね。あなたはこの仮想世界からのログアウトを希望してるとか」
「ええ」
「契約では、終身までという事だったけど‥‥」
「‥‥連絡した時に申告した通り、中途でログアウトを希望します」
「それが認められるかどうかは、審査次第。仮に許可されたらここには戻れないけど」
「‥‥分かってます」
真剣な表情は、とてもそれが一時の迷いなどではないように見える。
「ふん。まあ、いいわ。じゃあ、理由を教えて」
「はい‥‥」
山中はこれまでの経緯を話し始めた。




