28 奇跡と呼ばれる、その瞬間に
「あなたは、ここであなたの人生を生きなさい!」
柳瀬の腕を掴んだが、
「!」
バシっとリシャンの手は叩かれた。
「‥‥‥‥」
柳瀬を取り囲むように、ぽっかりと空に開いた雲の穴の中へと消えていく。
「‥‥‥‥リシャン」
「‥‥‥‥」
ほんの瞬きするほどの時間だった。その刹那の刻、既に元いた美術部の教室へと戻っている。
教室の外からざわめく声が聞こえてくる。今あった事は幻ではなく、大勢の人が目撃したこの世界の真実だ。
「彼は消えました。ですが、存在を多くの人が覚えています。騒ぎをおさめるには相当な時間がかかりそうです」
クロウは面倒な事を‥‥と言わんばかりにため息をつく。
「‥‥‥‥」
リシャンは雲の晴れた空を見つめる。
いつもと同じ夕焼け。当たり前すぎる光景が広がっている。
鎌から手を放すと、倒れる前に宙に消えた。
一歩だけ足をふみだすと、落ちてるガラスの破片が、パキ‥‥と小さな音を立てた。
美術室の窓は全て割れて、中は酷い有様だ。ここに長居するわけにはいかない。
「彼らの思い‥‥システムの許容を超える意志が、世界のパラメーターを作り替えて、通常ならざる事が起きた‥‥けれど、それはここが仮想世界である事を知っているから、私たちは、そう言えるだけ」
リシャンは風に黒髪を揺らしながら笑みを浮かべる。
「リアル世界の真実を、その裏舞台を私たちは知らない。同じ事がリアル世界で起こった時、それを何て呼んでいるか知ってる?」
「‥‥何て言うんですか?」
「人はそれを奇跡と言う」
フフと笑った。
「だから、そんな日があってもいいんじゃない?」
「この惨事をですか? いくらこの世界の司法でも誤魔化せませんよ」
クロウは首を傾げる。
「それはそれとして‥‥負けましたね‥‥リシャン‥‥」
「何が?」
「いえ、別に」
「‥‥全く」
最近はクロウの嫌味がひどい。
リシャンは足元に視線を落としてフン‥‥と、小さく鼻を鳴らした。
突然に巻き起こった春の嵐の過ぎ去った夕焼けは、それが奇跡だと言わんばかりに、深紅の絨毯を空に広げていた。




