187 引力圏を駆け抜けて
「誰も戦うなんて言ってない‥‥えーっと、元知識集合体‥‥面倒なので、あなたはこれからシュウって呼ぶから」
=はい、登録しました=
「太陽から610万キロメートルの位置で丁度、彼らと接敵するように箱庭の角度とスピードを調整して」
=了解しました=
「ぶつかる直前に遮蔽装置を起動、彼らを回避しながら太陽表面上を全力で飛行。すぐに実行して」
=了解しました=
シュウは杓子定規に同じ言葉を繰り返す。リシャンはパネルを見つめた。
「‥‥どういう事なのですか?」
クロウは真剣なリシャンの横顔に問いかけた。
「彼らがこっちを追いかけているのは、私たちが恰好の得物だから共通の目的としているだけ。彼ら同士は仲間でも何でもない」
画面上に数字が表示される。回頭まであと一分を切った。
「‥‥だからね、彼ら同士が争わなければならない状況を作ってやるのよ。こっちに関わってる暇なんてなくなるわけだし」
「‥‥‥‥」
説明されたが、クロウはリシャンの言わんとしている事の恐らく半分程度しか理解出来ていないのは分かっていた。それでも彼女がやろうとしている事は絶対に間違いはない‥‥そう信じて疑わなかった。
「全く、あなたという人は‥‥」
笑ってパネルを見つめる。AIではあったが、消滅する恐怖のようなものは感じる事は出来る。だが、今はその不安は全く浮かんではこなかった。
「‥‥‥‥!」
数字がゼロになった。箱庭世界は大きく進路を変え、横に移動を始める。数秒を経ずして球形の銀色の大きな物体が視界に入った。そのすぐ脇に円盤型の箱庭世界が現れる。
「遮蔽起動!」
リシャン達の箱庭世界がうねるように透明になり、周囲から姿を消した。だが、それはあくまでデータ上の事にすぎない。もし、それを肉眼で見ている者がいるとすれば、そこにはかわらず存在している事が露見していたはずだ。
得物を見失い、不意に強敵と至近で対峙した二つの箱庭世界はすぐに臨戦態勢を取り、互いに光の砲で撃ち合いを始めた。
8‥‥7‥‥6‥‥この数字が0になった時、この箱庭世界は姿を見せてしまう。
「全力前進!」
太陽の引力に捉えられる距離ギリギリを、表面の微妙な湾曲に沿って進む。
5‥‥4‥‥3‥‥。
=速度、0・81‥‥0・85‥‥9に上昇‥‥9・5‥‥=
「‥‥‥‥」
リシャンは唇を噛みしめる。
もうすぐ太陽を一周する。遮蔽が切れるその辺りに、戦闘中の二つの世界の中央を突っ切る事になる。
「流れ弾の一発でも当たればお終いね」
「‥‥‥大丈夫、あなたなら、うまくやれます」
クロウが手を握ってきた。手の震えが止まった。
「‥‥‥ふふ‥‥‥もちろん」
いつもの不敵な笑みを浮かべる。
=突入します=
「‥‥‥‥」
大きな箱庭世界ではあったが、光速に近い速度で行き過ぎた為、一瞬で通り過ぎていく。直後に遮蔽は解除されたが、その頃には既に彼らから遠くに過ぎ去っていった。攻撃の応酬が続いており、こちらに集中する事も移動も出来ず、ただその場で戦闘を続けているようだった。
「‥‥ふう」
リシャンはため息をついてその場にしゃがみこむ。
=さすがです、マスター=
シュウは深く頭を下げてその場から消えた。
「‥‥おつかれさまです」
クロウはリシャンの肩を叩いた。
「まさか、彼らを互いに争わせた後、太陽の引力を利用してのスイングバイで高速離脱するとは‥‥どこで学んだのですか?」
「学ぶ? まさか! 私のオリジナルに決まってるでしょ?」
「あなたという人はもう‥‥」
「でも、まあ、疲れた事は確かね。これからやる事は山積みだけど」
月や地球の姿は既に無く、数日後には太陽圏の外に出ていることだろう。他の好戦的な世界と出会わないように、ここからなるべく遠くに離れる必要がある。この箱庭世界をどうするのか‥‥何処に行って、何をするのか‥‥継続して一部の時間を加速させて兵器の開発を進めるのか‥‥。
そうしてAI‥‥人は、この巡り行く時間の果てにどうなっていくのか‥‥。
何も決まっていないし、分からない。
「そうですね。その前に少しだけ休息をとったらどうですか? それぐらいの時間はあると思いますが」
「休息か‥‥そうね‥‥」
リシャンはテーブルに腰をおろし、頬杖をついて笑みを浮かべた。
それも良いかもしれない。
何をしようか?
ただ黙って楽しそうに微笑み続けた。




