188 【第一期 最終話】 巡り行く時間の果てに
春の小道は、全てが淡い色で埋め尽くされている。
都心近くではあったが、マンションが立ち並び、すぐ近くを流れる川の脇の土手には、桜並木が桃色の花を咲かせていた。満開の時期を僅か過ぎたこの季節‥‥風が吹く度に花びらまじりの爽やかな風が頬を撫でていく。陽気の良さも手伝ってか人通りも多く、小さな子供を連れた親子が、この一年で一番穏やかな日を楽しんでいるようだ。
「‥‥‥‥」
ベンチに寄りかかったリシャンは、子供のはしゃぐ声を聞きながら空を見上げる。
何処までも澄んだ青空‥‥それだけを見ていると、あの同じ空から雨や雪が降ってきたり、嵐になったり‥‥とても信じられない。
時間は止まってはくれない。それでも自分が感じてるこの感覚は本物。だから、今はこの刹那の幸せを感じていよう‥‥リシャンはただそれだけを考えた。
“あ、待って!”
一匹の猫が足元を走っていった。その後を小さな女の子が追いかけていく。
「もう、またどっか行っちゃった」
「どうしたの?」
リシャンは笑いながら聞いた。
「あのね、猫が逃げちゃったの」
「‥‥シラタキなら向こうへ走っていったわよ」
遠くに見える柵を指さす。
「?‥‥ありがとう」
何で猫の名前を知っているのか、少女は一瞬首を傾げていたが、すぐに少女の注意は逃げた猫へと戻った。
「ふふ‥‥」
一生懸命に走っていく後ろ姿に、リシャンは何だか楽しくなって笑みがこぼれた。
“‥‥もう、他の女に浮気したらダメ‥‥”
若く背の高い男性に腕を回した女性が、人目もはばからず、のろけた言葉を話している。
「わ、分かってるよ。俺がそんな事をするはずないだろ?」
「ほんとー? ‥‥ならいいなん」
「‥‥‥‥うう‥‥」
女性の方は男性より年配なのかもしれない。グイグイと迫る彼女に少し疲れた顔をしている。
彼らは桜並木の向こうに消えて行った。
“ねえ、次の休みには何処かに連れていってくれるんでしょ?”
中学生ぐらいの若い女の子が、父親にそんな声で聞いている。風に乗ってそれがリシャンの元へと届いた。
「そろそろ弓道部の大会が近いだろう? 遊びに行く暇はないんじゃないか?」
「大丈夫、私は天才だから!」
「やれやれ」
べっと舌を出す娘に、父親はまんざらでもないような顔でため息をついた。
そうして何人かの通行人が行き交う中、リシャンはじっと見つめ続けていた。
「‥‥‥‥」
向こうから誰かがこっちに歩いてくる。桜並木のトンネルの真ん中を真っ直ぐに近づいてきた。
「‥‥‥‥」
リシャンは目を細める。
彼女は長い髪の背の高い女性だった。穏やかな表情でじっとリシャンの顔を見つめてきた。
「‥‥‥‥こんにちは」
「‥‥‥‥」
リシャンは無言で頭を下げた。
「聞きたいのですが‥‥前に会った事がなかったでしょうか?」
「‥‥シャ‥‥」
言いかけたが途中で言葉を飲み込む。
「いいえ」
「‥‥そうですか、失礼しました」
彼女は深く頭を下げてからまた並木道を歩いて行った。
桜吹雪が彼女の後ろ姿を追いかけるように舞い上がり、やがて完全に見えなくなった。
「‥‥‥‥」
リシャンは再びベンチに首を倒して空を見上げる。
さっきより少し雲が出て来たようだ。
“リシャン”
「‥‥‥‥」
今度はクロウが姿を見せた。春なのに暑苦しい黒いスーツを着ていて、場違いも甚だしい。
「これで良かったのですか?」
「‥‥‥‥何が?」
クロウには顔を向けず、ただすぐ近くにある桜の枝を見つめる。その枝は風に吹かれて花がほぼ散っていた。
「リシャンがこれまで出会ってきた人の記憶から、あなたは消えました。寂しくありませんか?」
「‥‥‥‥まあ、少しはね」
さっき、もう少しで名前を呼びそうになった事を思い出した。
「でも‥‥これからは彼女達と私は進む時間が違う。彼女達は自分の幸せの為に生きていくと思うし、そうあってほしいから。私の感傷に付き合わせるわけにはいかない」
「そうですか」
クロウはいつものしかめっ面を緩めた。
重力レンズを使用しての遠方の宙域を観測した結果、移住先の星の候補が幾つか見つかった。これからその準備を始めなければならない。
これからの旅はどれほどの時間がかかるのか‥‥何十、何百年‥‥途方もない時間を彷徨う事になる。
「でもクロウ‥‥あなたにはつきあってもらうわよ」
「もちろんそのつもりです。あなたを一人で野放しにしたら大変な事になりますからね。どこまでも付き合いますよ」
「‥‥ふふ」
リシャンは目を閉じた。
不思議と孤独は感じない。クロウという存在がこれほど大きかった事を、リシャンは初めて思い知った。
「‥‥‥‥‥‥」
風が砂埃をまきあげる。いつしか道行く人の姿もなくなっていた。
「リシャン、そろそろ戻りましょうか」
「そうね」
立ち上がって埃っぽい道の上をゆっくりと歩いていく。
やがて二人の姿は風の中に溶け込んで消えていった。
その隙間を埋めるかのように、春風が通りを吹き抜けていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 一期、完結です。
実はこの物語、まだ半分。むしろここからが本番だったりします。
ここまでは『死神少女の箱船世界』
そして続編『死神少女の箱船星海』では、舞台が一気に星の海へ。リシャンの物語はもっと大きく、もっと遠くへ進んでいきます。
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よかったら二期でも、彼女に付き合ってやってください。待っています!




