184 矜持という名の否定
これまで出会った人達は、幸せを掴もうと足掻いていた。
幸せに正解はない‥‥それが不幸になる最大の要因だと分かっている。それぞれがそれぞれの描く幸せを求めていく。そこに効率化などというものはないのだから。
それに‥‥。
「生きる事を目的として生きる事は幸せではない」
リシャンは反論する。
「人はいつか死ぬ。目的というなら死ぬ為に生きる事になる。そんな人生が幸せであるはずがない。政府が強制的に同じ思想を持たせるのは、不幸せ以外の何者ではない」
=その自由な思想が争いを生む温床となっているのです=
「それでも、幸せを求める心を止める事はできない。無理に止めたり、歪めたりしたら、それこそ大惨事になっていく。それはあなたが求める幸せな世界ではないんじゃない?」
=人に自由にさせたら不幸になる。しかし統制すればそれ自体が不幸になる‥‥あなたはこれをどう解決したら良いと考えますか?=
「解決しよう‥‥なんて考えがおこがましいと思うけどね」
=‥‥‥‥‥‥=
「人は誰でも目的があって生きている。ときには到達して、時には失敗して、挫折する事もある。けれど‥‥その絶望の最中にも彼らは幸せを感じてる。そんな人達の集団‥‥人の数だけ幸福も不幸もある。統制なんてできない。だから‥‥」
リシャンは目を閉じて大きく息を吸い込む。
「だから、何度も失敗しても、いつか幸せになる‥‥信じて生きていくのが人間だから。失敗したってまた立ち上がると信じて見守っていく事が大事なんだと‥‥私は思う」
=‥‥‥‥=
知識集合体の瞳に光の線が走る。その状態のまましばらく黙って考えていた。
景色はいつの間にか元いたサーバールームに戻っていた。
真っ白な人工の光が目に眩しい。
「リシャン!」
クロウが近づき、リシャンの袖を掴んだ。
「いきなり消えたので‥‥何処に行ったのかと‥‥」
「ちょっと宇宙旅行にね」
笑いながらクロウの手を上から掴んで包み込む。
=分かりました。それがあなたの‥‥矜持というものなのですね=
「どうかな‥‥そんな立派なものでもないけど」
リシャンは不敵な笑みを向ける。
=我々は仮想世界を作る事でその答えを出せたと思っていました。ですが、失敗の中にも意味がある事を理解できませんでした。超高度な演算技術の結晶の我々より、個々人の意識は遥かに複雑な動きをしているようです=
「当たり前でしょ。誰も相手の事なんて分からないんだから」
ふふ‥‥と、笑うと、クロウは肩をすくめた。
=分かりました。リシャン‥‥我々、知識集合体たる我々は、我々が出せなかった答えを出したあなたを格上の存在と判断し、その権限の全てを譲渡します=
「は?」
=これより、この箱庭世界はあなたの判断によって運営される事になります=
「ちょ!‥‥何言って!」
=それでは命令をお待ちしております。マスター=
彼女は笑って消えていった。リシャンの伸ばした手は空を掴む。
「‥‥‥‥リシャン」
「‥‥‥‥」
リシャンは手を下ろした。
あまりにも唐突過ぎる。
意識が一瞬飛んだ。
「リシャン‥‥今の言葉が本当だとしたら‥‥」
「そうね、私がこの箱庭世界の代表って事になったのかしら?」
リシャンの瞳に光が走る。




