183 それでも足りないもの
=それからは信じられない速さで計画は前進していきました。そうしていくつかの仮想世界が作られ、人類の何割かはそこで生活するようになっていました。同時に現実世界の食料不足や居住区の不足も解消され、全てがうまくいったように思われました。しかし‥‥=
「‥‥‥‥」
彼女は途中で言葉を切った。リシャンにはその先の言葉が容易に想像できる。
人間は貪欲なものだ。全員が平等に幸せになるのは難しいはずだ。
=彼らは技術や知恵を持ちより、仮想世界をつくりましたが、その中でも自国が有利になるように画策しはじめたのです。はじめは取るに足らない小さな技術でしたが、そのうちに根幹を変えるような技術的発見を独占し始めました。やがてそれは直接的武力を伴う争いにまで発展していきました。その争いで、三百程あった仮想世界のほとんどは破壊され、超磁力兵器で地軸まで歪んだ地球にいる事は出来なくなりました。この仮想世界013は辛うじて脱出して月に不時着しました=
円柱が月のクレーターの中心に突き刺さり、倒れる前に何本かのアームが支えた。
=この期に及んで、なお、他の世界との戦争を継続する事を当時の013の指導者たちは決定しました。
「‥‥‥‥」
=私達AIは人間の繁栄と維持の為に生まれた存在です。このままでは人類は共倒れになり、宇宙から消えてしまうのは明らかでした。そこで私達は、彼ら人間の指導者たちを粛清し、この013の世界を維持する為の機関としてAIのみをメンバーとする統合政府を樹立させました=
「‥‥‥‥」
リシャンは途中で何か言おうとしたが言葉が見つからない。彼女の言葉が真実なのか、それとも騙そうという虚言なのか‥‥判断する材料が全くない。
=しばらくは平和な時間が過ぎていきました。しかし他の仮想世界が戦争をしかけてくる事は明らかです。それは避けられません=
「戦うつもり?」
=‥‥‥‥=
彼女は顔を曇らせた。
=可能なら避けたいとは考えています。ですが、無抵抗ではただ破壊されるだけです。それには抗わなくてはなりません=
舞台は失敗した世界013に変わる。
=ここは人類が自由意志で歴史を進めるとどうなるかを実験した世界です。彼らは過去の人類と同じように争い、自滅しました。人が人の自由意志に任せると必ず破滅の道にすすみます。リシャン‥‥あなたもそれは分かっているでしょう?=
「‥‥‥‥」
問われたリシャンは大きく息を吸い込む。
=ここは時間の流れを速く進むように設定されています。その目的は相手より高度な武器を開発して自衛の手段を得る事、そして、この箱庭世界を再び月から羽ばたかせる事‥‥‥」
不意に周囲が闇へと変わったが、そこはこの箱庭世界を見下ろす、月面上空に移動しただけだった。
=数世紀に渡る時間の中‥‥人間の自由意志に任せた結果は全て失敗した世界に通じています。それはこれまでの歴史から明らかです=
彼女はリシャンに向き直った。表情のない顔でじっと見つめる。
=人は人に生き方を任せると不幸にしかなりません。介入し、管理する事ではじめて人は幸せを掴む事ができるのです=
「‥‥‥‥」
知識集合体の彼女の言う事は最もな事だ。既に十分すぎる証拠があり、結果も出ている。だが、それだけではない事をリシャンは知っている。それはただ効率良く生きていくだけだ。




