175 箱庭の外縁
漆黒のトンネルを抜けて最初に感じたものは、今まであった埃っぽい臭いが消えた事と、全く風の吹かない止まった空気‥‥その違和感だった。上を見れば天井が錆び色に光ってはいるが、それは空ではない。広大な円柱状の空間に同じ大きさ、同じ立方体の形をした建物が整然と並ぶ都市の只中だった。足元はアスファルトではなく、黒い金属に近い物質だったが、それが何かは分からない。道幅が広く、移動手段に使う乗り物の類は見あたらない。歩行者の姿も見えないが、廃都市というわけではないのは、建造物や壁が一定のリズムで赤や青などの光を発している事でも明らかだ。
「‥‥‥‥ここが‥‥管理局?」
リシャンは背中の翼と鎌を消した。まだ人の姿を見てはいないが、今のゴシック調の服は、ここの住人にしてみれば奇妙に映る事だろう。
「‥‥‥‥」
人の姿になったクロウは、周りを見て、口を開けたまま何も言ってはこない。
「‥‥クロウ?」
「‥‥‥なぜ‥‥こんな‥‥‥」
「クロウ!」
「‥‥え?‥‥ああ‥‥」
揺さぶるとようやく視線が戻った。
「どうしたの? ここが管理局なんじゃないの?」
「そうです。ここが‥‥仮想世界管理局の‥‥近くの住宅街です」
そこで息を飲んでいる。
「‥‥何か問題?」
「おおありです。ここにいられるわけがないんです」
「‥‥‥‥」
リシャンは目を細める。
「リシャン‥‥我々にはリアルでの体がありません。存在出来るのは仮想空間の中でだけ。それなのに、この、管理局というリアルの前に存在している。ありえない」
クロウはあちこちに視線を巡らしている。
「つまりそういう事だったんじゃない?」
リシャンは全く動じていない。
「私達が仮想世界でしか活動出来ないなら、ここにある管理局も仮想世界。リアルに本物の管理局がある‥‥という可能性もあるわね‥‥ふふ」
リシャンは口の端を歪めて笑う。
「‥なるほど‥‥‥」
クロウもつられて笑った。
「どうやら私は長い事、管理局にいたせいで、自分で考えるという事が疎くなっていたようです」
「‥‥‥‥」
「‥‥それにしても、あなたは変わりましたね」
「そうかな」
リシャンは腕を組んで壁によりかかり、斜めの視線を向けてから笑って鼻を鳴らした。
「それより、これからどうする? 電子世界の中を四苦八苦するよりは、仮想世界なら、普段と同じ様に行動出来て都合が良いんだけどね」
「まずは、本部に向かいましょう。ここに来れたという事は、私のパスはまだ有効のようですから、ある程度までは進めると思います。リアルに管理局があるとしても、そこからの方が、情報を得られる確率は高いでしょう」
「‥‥そうね」
リシャンは壁から離れてクロウの隣に立った。




