168 消えないもの
「ここは‥‥」
リシャンが立っているのは恐らくは何処かの学校のグラウンド‥‥それ以外に具体的にどこにいるのか分からない。
放課後なのか、陸上部の生徒が走っており、応援する女子生徒の声も響いていた。
春先なのか秋口なのか、寒くも暑くもない。
「‥‥‥‥」
大きく息を吸い込む。芽吹きの若葉の匂いを感じるという事は、今は春の方なのだろう。
自分を見下ろしてみれば、白い着物に赤い帯の姿だ。目立っているはずだが、誰も注目してこないのは、認識阻害の効果に違いない。
「お久しぶりです、死神さん」
「!」
そのはずだが、不意に後ろから女子生徒に声をかけられた。
「‥‥‥‥」
リシャンは振り向いて彼女を見つめる。
昔、何処かで会った事がある気がする。それが遠い昔のような、最近のような‥‥。
「ああそうか」
しばらく顔を見てると思い出してきた。
彼女は新山ひなた‥‥テロリストが彼女のAIを操作して、汚染された結果、やむなく廃棄する事になった、そのAIだ。
翌日までに処分の決定に、時間経過を超高速にして一生を一日で終了させた経緯がある。
しかし、なぜその彼女がここにいる?
「‥‥何だ夢か」
リシャンはそう結論づけた。
「夢‥‥ですか?‥‥そうですね」
ひなたは別にそれを否定するわけでもなく、リシャンの隣に立った。
「のどかですよね‥‥私もなんだかずっと夢を見てるみたいでした」
「‥‥‥‥」
ひなたは笑って両手を後ろ手に組み、顔をリシャンに押し付けてきた。
「もしかして死神さん‥‥ちょっとだけ戸惑ってますか?」
「‥‥何を?」
「もしかしたら、今までの記憶‥‥思い出が全部、消えてしまうんじゃないかって‥‥」
「‥‥‥‥」
見透かされた気分になってリシャンは息を止める。
「大丈夫ですよ。何も消えたりはしませんから」
ひなたは顔をあげる。
「記憶は‥‥心の中にあるんです。心は魂だから‥‥絶対に消えたりはしません」
「そんな事、分かってる」
リシャンはため息をついた。
「ただちょっとだけ‥‥一息つきたかっただけ」
「あ、そうでしたか。すみません」
ひなたは首を大きく横に振った。
「‥‥でも、そう言ってくれたおかげで、決心がついた」
ひなたの肩を抱く。
「それじゃあ‥‥」
リシャンはその後に続く言葉を考えた。
「‥‥じゃあ、またね」
「はい」
ひなたが笑った。それと同時に辺りは白い輝きに包まれる。
すぐに何もない真っ白な世界へと変わった。




