140 観覧車の頂で消えた心(新たなリシャンside)
「‥‥‥‥」
俺は何をどう言えば良いか必死に考えた。美人だから? 可愛いから? 考えた末に浮かんでくるのは、当り障りのない事ばかり。違う。そういう事じゃない。
が、途中で力が抜けた。
「俺は確かにユ‥‥遠野さんの事を知らない。でも、それは君を好きなならない理由にはならない」
「‥‥どうして?」
「俺にも良く分からないけど‥‥その人の事を知ってる事と、好きになる事は別なんじゃないかな。相手の事を事前に知ってたら、そこの部分が好きとかは分かるのかもしれないけど、パズルのように自分に全てが合致するような人は結局いない気がするんだ」
「‥‥‥‥」
「俺は遠野さんが好きだ。でもそれがどの辺かは分からないし、君が言うように君が生きてきて努力して得てきたものが何かも知らない。でも知らないから、知らない者どうしが歩み寄って、そこから互いが好きになっていくんだと思う。だから‥‥」
俺は遠野さんの両手を取った。
「何も知らない今のこの段階でも、こんなに君の事が好きなんだ。これからどんどん知っていけばもっともっと好きになっていくに違いないんだ。だから‥‥」
「‥‥‥‥」
俺は何回、好きと言ってるんだ? 言ってる途中で恥ずかしくなって顔が真っ赤になってきた。
もうすぐ観覧車は真上に到着する、そこからはもう降りていくだけだ。
彼女の口が開く。
「‥‥自由に人を好きになった結果、不幸になる人がいる。それは最初から相手の事を知っていれば避けられた事なんじゃないの?」
「‥‥‥‥」
また難しい事を聞いてきた。でも俺は彼女のそんな少し変わっている所も好きなんだ。
「最初から結末の分かってる事なんて、やったって意味がないじゃないか。映画と一緒だよ。先のことは分からない。だから一生懸命に相手の事を想像して、一生懸命に思っていくから、思ってもみなかった幸せになったりするんだと‥‥はは、俺って偉そうな事、言ってるな‥‥」
「‥‥‥‥そう‥‥か‥‥」
遠野さんは考えてる。なんだか納得したような、そうでもないような微妙な顔をしてる。
「ありがとう」
「‥‥‥‥」
遠野さんに強く手を握り返された。
意外に力が強い。
「良く分かった。何かあなたにお礼をしたい。私はどうしたらいい?」
「それは‥‥」
今こそ、あれを言うべき。
「じゃあ、お互いに名前で呼ぶ事にして欲しいんだど‥‥呼び捨てで」
「‥‥そんな事でいいの?‥‥じゃあ、トシオ」
彼女は全く恥じらう事をしない。
全く‥‥何て人なんだ。
「何?‥‥ユ‥‥ユズリハ」
「これでいいのトシオ?」
「‥‥‥‥」
俺は首を大きく上下に揺らす。
「あとはないの?」
「‥‥‥‥」
どうやら彼女はまだ俺のお願いを聞いてくれるらしい。
どうする? あと何かあるか?
趣味とか教えてもらうとか‥‥いや、それはあとから聞ける。
こうなったら‥‥。
「‥‥‥‥」
大きく深呼吸する。それと同時に観覧車は最高到達点に。
「‥‥‥‥ユズリハ‥‥キスしよう」
「‥‥‥‥」
少しだけ彼女は目を細めた気がしたが、それは俺の気のせいだったのか
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
俺と彼女の顔が近づく。なぜか彼女は目を見開いたまま、気まずいので俺が目を瞑る。
あと数十センチ‥‥数センチ‥‥頭が真っ白になってくる。意識が遠のいてきて‥‥。
「‥‥‥‥」
それと同時に俺は持っていたバッグを開く。そうしなければならない強い思いがそうさせる。そうして中からナイフを取り出した。
なぜそんな事をしているのか分からない。
それが自然な事で、抗う気持ちが全くおこらない。
そして手に持ったナイフを彼女に突き立てた。
「‥‥‥‥」
何だこれ?‥‥そんな事をしていいと思ってるのか?
大好きな彼女に‥‥。
唇に触れるその瞬間、俺の意識はそこで消えた。




