134 観覧車に落ちた影(新たなリシャンside)
「え、いや、今。来たところ」
日高俊夫はそう言って笑った。
=リシャン、ここは笑い返す所ですよ=
イヤホンに偽装したクロウが、リシャンの耳元で囁く。
「‥‥‥‥」
仕方なく笑顔を作った‥‥つもりだったが、それは何か嘲るような表情に変わった。
クロウに言われて待ち合わせより少し遅れて行った。それはリシャン的には、相手にその分の負い目を感じてしまうので否定的ではあった。渋々と了承したものの、案の定、気分的に良くはない。
それとも、そうやって事前に気分を下げる事で、進言を受けやすくするつもりなのだろうかとも考える。もし、そうだとすれば、クロウはなかなかの策士だ。
「‥‥‥‥」
リシャンを見つめる日高俊夫の目は、少し熱っぽいように感じる。それに対して、それは何?‥‥と、聞く事に躊躇いがあり、何も言えなくなった。これは完全に相手に主導権を取られたと考えて良い。
「‥‥全く」
リシャンは耳からイヤホンを取った。
=リ‥‥=
クロウの声が遠くなる。構わずにリシャンはイヤホンを道端のゴミ箱に捨てた。
通信は一旦出来なくなるが、何かあれば再起動していつものカラスの姿で知らせに来るだろう。任務中はともかく、それとは関係ない事にまで横やりを入れてくるのは、さすがに邪魔すぎる。
「‥‥遠野さん、どうかした?」
「いえ」
黙ってしまった日高俊夫に、どう言葉を返そうか考える。普段なら即座にクロウが適当な返事を考えてくれるが、それもなく、一瞬でリシャンはクロウの不在を後悔した。
そういう意味では日常的な対応はクロウに頼りっきりだった。
「‥‥‥‥」
この世界の住人は自由意志で恋愛し、自由意志で結婚して子供を作り、子孫を残していく。
社会基盤が、自由意志という個々人の判断に委ねられており、それは国としての舵取りをしているわけではなく、不安定なものになるはずだ。統合政府やその下部組織の管理局は、その事に対して、不干渉を徹底している。
リハビリのついでに、AIの思考ルーチンを観察するというのが、管理局に提出した名目だったが、本心は、なぜ管理局が不安定なはずの自由恋愛を放置しているのかを探る為である。そういう意味でも、やはりクロウからは離れていた方が得策だ。
「では、この遊園地に来たという事は、何かの理由があったんでしょ?」
リシャンがそう言うと、日高俊夫は少しだけ驚いた顔をした。
「遠野さんは来た事がないの?」
「ない」
短く答えた。
「じゃあ、俺が案内するよ。何回か来た事あるから」
日高俊夫は先に歩きだし、リシャンはその後に続く。出入口の店員から、この遊園地のチケットを買っている。リシャンは肩からかけているポシェットを開いた。




