119 転校生の影(新たなリシャンside)
「おい、日高、まだ帰らないのか!」
俺の前の席の岡崎の奴が、教室の入り口で大声で俺の名前を叫んでいる。確かに帰宅部でここにいても、用事は何もなさそうだし、概ね、その通りだ。だが最近は違う。俺はまだ帰りたくはないんだ。
一番後ろの席の俺は教室をいつも真後ろから眺める事の出来る最上の位置にいる。なので授業なんかも当てられる事も少なく、前から順番に当てられてきても、それまでは惰眠をむさぼる事ができたわけだ。
授業中に勉強をさぼっているからと言って、勉強してない癖に点数が良いとか、そういう物語的な事もなく、成績はさぼったなりで可もなく不可もない程度。
勉強だけじゃなくて、全てがそんな感じで、あまり物事に一生懸命になれない。
それがなぜ言うと、どうせ一生懸命に何かに打ち込んだって、先が知れているし、そこからドラマ的展開には絶対にならない‥‥それが分かっているからだ。
このまま学校を卒業して、就職だか進学だかして、結局、どっか適当な所で働いて、まあ、普通の人生で終わるのが目に見えている。
だったら頑張る意味って何だろうって考えたけど‥‥今だに見つからないわけで。
「また、独り言をかよ」
岡崎がわざわざ俺の席まで戻ってきてそんな事を言ってくる。こいつの場合はオタク趣味のせいで部活に入れないだけだ。
「先に帰ってろ」
俺がそう言うと、岡崎はニヤと笑った。
「日高‥‥お前、遠野さんを狙ってるだろ」
「な!‥‥馬鹿な! そんな事はない!」
「誤魔化すなって、お前の視線は完全に遠野さんをロックオンしてるじゃないか」
「気のせいだ」
岡崎の言う遠野さんというのは、二年も途中の二学期終わりに転校してきた女子。
背は小さくて、一見、中学生にも見えるが、彼女はいつも無表情で神秘的だ。
もちろん、成績はいきなりトップ、運動もその体型に関わらず、完璧にこなして、家庭科以外は全く隙がない。
それなのに、周りの人とはほとんど話したりはしないし、先生に素性を聞いても、首を横に振るだけ。ユズリハという名前以外は何の情報もない。神秘的というか、これは何かあるような気がしてならない。
一度だけすぐ近くで彼女の顔を見る機会があった。
鋭い目じりに、真っ白な肌‥‥人形というか‥‥あれは芸術の域までいっている。
「おい‥‥日高‥‥」
「‥‥‥‥」
「日高! 戻ってこい!」
「‥‥え?‥‥ああ」
俺は咳払いして誤魔化す。そういうわけで、まだ残っていた遠野さんの後ろ姿を見ようとしたが‥‥。
「いない!」
しまった。どうでもいい奴と話してる間に、遠野さんを見失ってしまった。
「‥‥‥‥」
俺はカバンをつかんで走り出した。後ろで岡崎が何か言ってるが、それは知った事ではない。
彼女には何かある。
この停滞した退屈な世界‥‥彼女はそこから脱出する鍵のようなものを持っている気がする。




