107 歪みの臨界
刃の色が赤から白へと移っていった。
=リシャン!‥‥それ以上は‥‥=
「次で決める!」
鎌を真上に上げる。既に吹き飛んでいた天井から、空に向けて白い光の柱が昇った。
「‥‥‥‥お前は‥‥」
振り下ろすまで、時間的には僅かなものだったが、その中でこの仮想世界で今まで出会ってきた様々な人々、AI‥‥‥彼らの人生での想いや行動が思い浮かんでは消えていく。
もちろん、その全てを理解していたなどと思うほど、リシャンは傲慢ではない。だが、その心の欠片は拾い上げてきたつもりではいた。
この仮想世界は、そんな人々、まで出会っていない人々、そしてこれからも出会う事のない人が生きていく大切な箱舟なのだという事が、心に強く刻まれている。
「お前は‥‥お前は‥‥」
そんな世界を壊す者は、誰であれ許す事は出来ない。シャオティンはその中の最たる者だ。
「消えていなくなれっっ!!」
柱はシャオティンの頭上に倒れていく。それはもはや受けきれるとか、そのような問題ではない。
「‥‥‥ふふ‥」
「?」
が、命中する前、シャオティンは笑った。その笑顔に不吉なものを感じたが、リシャンはそのまま鎌を振り下ろした。
船体が真っ二つに切れ、海中へと沈んでいく。
「‥‥‥‥」
しばらく宙に浮かんでその様を見ていたが、
「‥‥‥‥?」
海中から何かが浮かんでくる。巨大な金色の光の球体‥‥海面を凹ませながらゆっくりと上に上がってきた。
=‥‥あ‥‥あの力は‥‥=
「‥‥‥‥」
クロウがうろたえている。その球体はみるみる大きさを増し、やがて船を飲み込んでいった。
=周辺のデータがエラーを起こしています。もの凄い早さで書き換えられていて、本部でも対処が追いつきません。このままだと‥‥=
「‥‥‥‥歪み」
唇を噛みしめながらリシャンが呟くと、その光の球の真上にシャオティンが現れた。
彼女の体には斜めに亀裂が入っており、その断面は七色に光っていた。
=‥‥やられた‥‥=
「‥‥‥‥」
クロウがそう呟いた瞬間、リシャンもその意味を理解した。
世界の歪み‥‥それはデータ処理の上限を超える何かを短時間に起きる事で発生する、連続バグの現象。通常であればそう簡単には起こらない。それには相当の変化が必要であったが、管理局が許可したリシャンの力は、それを起こすに匹敵するものを秘めていた。それをシャオティンに利用されてしまった。
“リシャン、あなたは短絡的に物を考えすぎだと思います ”
シャオティンはそう言って微笑んだ。
“これから先、仮想世界が続く事で、この世界が存続するよりも多くの不幸が生まれます。目の前にあることだけが真実ではないのです”
「‥‥‥‥」
“残念ながらこの程度の歪みなら、完全に壊れる前に対処されてしまうでしょう。ですが、あなたは、それまでの時間‥‥それを目にする事になります。それを見て、感じた上で判断してください”
「‥‥‥‥何を」
“統合政府の贖罪と、あなたのこれからを。恐らくあなたは‥‥私と同‥‥”
光は更に拡大し、シャオティンを飲み込んでいく。
“それでは‥‥リシャン‥‥よい人生の旅を‥‥”
「‥‥待って!」
光は拡大を続け、触れたものを小さな四角の欠片にして崩していく。
=リシャン、退避だ!=
「‥‥く‥‥」
全力で遠ざかる‥‥つもりだったが、光の領域の拡散はその速度を上回っていた。
=リシャン!=
クロウの声が小さくなっていく。
光の渦の中に埋もれていく。眩しすぎて自分の手すら見えない。




