10 願いのかたち
思えば高校生活はあっと言う間だった。
結局、三年間、告白出来ずに終わりそうだった。だから卒業式の日、思い切って、それこそ、これが駄目なら人生終わり‥‥って感じで、小野君に思いを伝えたの。
『喜んで‥‥実は僕も前から‥‥』
そんな返事をもらって‥‥あの時は嬉しかったなあ。
ついに私の時代が来た! とか思ってたし。
それからはね、私も小野君も進学しないで就職したの。私は小さな商社、小野君は鉄工所、二人とも地元の会社に就職したの。
場所は近かったから、頻繁に会う事が出来たの。それが功を奏したんだと思う。
『安物なんだけど‥‥受け取ってほしい』
高校卒業してから三年ぐらい経ったある晴れた日の午後‥‥小野君は、そう言ってきて指輪を出してきた
『ひなたさん、僕と‥‥結婚‥‥してくれますか?』
『喜んで』
またまた私の時代が再びきた!
私も小野君(私も小野になったんだけど)も、給料はそんなに高くはなかったんだけど、最初の結婚記念日の日に彼が言ってくれたの。
『前に、海の見える丘に住みたいとか言ってたよね』
『うん』
『頑張って貯金して、いつか二人でそこに住もうよ』
『うん!』
私は嬉し泣きしながら思いっきり抱き着いたの。それはもう彼の背骨が折れるぐらい強く。
嬉しかったのは、いつかそんな家に住めるかもしれないって事だけじゃなくて、彼が私の事を凄く考えてくれてたって事が、凄く身に染みたから。
それから何年か‥‥。少しづつだけど貯金は出来てきたんだけど、いい所まで貯まったあたりで、車が壊れたり、大雨で家が倒れたり‥‥色々あって貯まらないもので‥‥。
何気ない毎日‥‥。特に何のサプライズもない日々がどんどん過ぎていく。
気が付けば私も彼も白髪になってる。
結局、子供が出来なかった。申し訳ないと思うけど、それはそれで楽しい。
彼が定年してからは、ほんとに二人だけの日々。
『どうしたの?』
彼が棚の上に置いてある絵を見てる。海の上の一軒家の絵。
実は今も買えていない。二人とも少ない年金で暮らしてるから、これからも貯まりようがない。
『‥‥‥‥』
寂しそうな彼の表情を見てると、何を考えているのか分かる。
もうすっかり昔の事で、諦めてた夢の事。
お願いだから、そんな顔をしないで。
私はあなたの思いに包まれてたのだから、それで十分。
そんな日々も長いようで短かかった。
私の人生の旅もそろそろ終盤‥‥。
『この度は‥‥』
それは弔問の言葉。
彼と私の少ない知り合いの人が弔問に訪れる。
灰色の写真の中で、彼は真顔のままだけど、私にはなんだか。ゴメン‥‥って謝ってるような表情に見える。
違う違う。
私は心の中で訂正を求める。
そして言い返すの。
ありがとうって‥‥。
彼の写真の隣に、海の家の絵を寄せてそう呟いたの。
『‥‥‥‥』
一人で戻ってきた家は、こんなにも広かったのかと驚いた。
これから何をして暮らそうか。
趣味の刺繍をする。
読書をしてもいい。
時間はたっぷりある。
そう思ってたけど。
「‥‥‥‥」
気が付いたら私は今、病院にいる。何とかという難病で、まだほとんど例がなくて、治療法もないとか‥‥運が悪かったらしいけど。
「じゃあ、また来るから」
高校になったばかりの親戚の子が病室から出ていく。そう言えば、私もずっと昔はあんな感じだった‥‥と、思うと随分と年月が経ったんだなって実感する。
「‥‥‥‥」
真っ白な病室。棚の上にはおじいさんになった彼の写真と、一枚の絵が置いてある。
時間的にはお昼を過ぎたあたり。季節は初夏で、開けた窓から入る風が、レースのカーテンを静かに揺らしている。
心地良い空気が顔を撫でていく。それだけが時間の経過を分からせてくれる。
「‥‥‥‥?」
誰かが、部屋の中にいるようなそんな気がして、私は横を向いた。
そこにいたのは、着物を着た黒髪の少女だった。相変わらず体より大きい鎌を持っている。
「‥‥‥‥そう‥‥迎えに来たのね」
遠い昔‥‥いつかまた会う約束をした事を思い出した。
「あなたは、ちっとも変わらないのね」
「‥‥‥‥」
私が話しても、死神の少女は何も返してこない。ただじっと私の顔を見つめている。
選択肢‥‥あのとき、そう言ってた。
結果的には、どうだったんだろうか‥‥。
他人より苦労して、それでも目的は果たせなくて、最後はこんな感じ‥‥。
客観的に見れば間違ってたって事になるのかもしれないけど‥‥。
ううん。違う。
「私の‥‥選択は‥‥」
「‥‥‥‥」
息が苦しくなってきた。そろそろ迎えがきたのかも。
全く‥‥遅いよ。
「‥‥どうだったの‥‥か‥‥な」
「‥‥‥‥」
私の意志には関係なく目が閉じていく。少女の姿がぼやけていって‥‥。




