最終話 タコのアヒージョ 5/5
「いやいや、外だけなのにね、なんかけっこう響くのよ。敏感になってんのかも」
飛んでいたチハルさんは、ソファのひじ掛けに座った。
「ま、なんにしても、これで最後まで行けそうね。よかったわ」
「ほんとだよね。応援ありがとう」
「まぁ応援ってより気づかいよね。昨日もひと晩部屋出とくの大変だったのよ?」
「ありがとね。どこいたの?」
「近くのファミレス。あったかいし、つまみ食いとつまみ飲みには事欠かないのよ」
「へぇ。佐山くんに憑いてた人と一緒に?」
聞くとチハルさんが睨んできた。
「え、なに?」
心当たりがなさすぎる。
「いや……あーいうタイプとはちょっと仲良くできないわ……偏見はダメだけど……」
それなら睨まれる筋合いなどないのだが、あまり聞かない方がお互いのために良さそうだ。
あと私はどんなのか知らないんだけど。
数時間前、肝心の、と言うと佐山くんにすこぶる失礼だが、いざ挿入というときに、彼はものすごくもたついていた。
いやまぁ私の触り方も強すぎたかもしれないからゴメンなんだけど。
そう考えたときにあらかた察して、彼からすぐに答え合わせがあった。
「ごめんね、俺、初めてで」
「…………うそ?」
「ごめん……告白の前に言うべきだったよね、この年で」
「いや、私もよ」
佐山くんは目を見開いている。そして言った。
「え……じゃあ」
言ったが、私がその続きを奪った。
「ま、魔法使い、いたの?」
「え? 妖精?」
「う、うん!」
ふたりでひとしきり笑ったあとは、性交どころではなくなった。
そして今、話題を変えたくて、というわけではなく、気になったのでチハルさんに聞いた。
「あ、ねえ」
「なに?」
もう睨んでいないチハルさんが返事をした。
「昨日の夜さ、バーにいたとき、佐山くんが入ってきたのって、偶然?」
「偶然じゃないパターンってなによ?」
「……チハルさんが、佐山くんの魔法使いに声かけた、とか……」
「あんたね……どうやってどこにいるかもわからないあいつを探し出すのよ」
それもそうだ。
でもじゃあ、なぜあの店に?
「あんたはほんとは佐山がよかったし、佐山もほんとはあんたと飲みたかったから、強運同士、引かれ合ったんでしょうよ」
そっか。
ん?
「え、待って」
「なによ?」
「じゃあさ、私が佐山くんに会いたくて今週駅のあたりをウロウロしてたのと同じように、佐山くんも私に会えること期待してくれてたの? それで、あんなに何度も会えたの?」
「知らないわよそんなの。本人に聞きなさいよ」
「ま、まぁ……そう、ね」
でも聞くにしても、初体験が終わると記憶がなくなっちゃうんだから、その前に聞かないといけないわよね。
「んでさ。今日は夜まで、忙しい土曜日みたいね」
佐山くんには見えなかったが、チハルさんは玄関先で私と佐山くんとの話を聞いていた。
聞き終わってから、私より先に部屋に入り、この部屋で待っていたのだ。
「あー、あれね」
どう答えたものか、考えながら窓の外を見た。
青い空に浮かぶ白い雲の輪郭ははっきりしている。
土曜日の朝は、やはり晴れていてほしい。
1ヶ月ちょっと前か。
チハルさんと出会った次の日の朝も、こんなふうにいい天気だったな。
あの時も土曜日だったな。
あの時よりは、少し寒くなったけど。
こちらの答えを待ってくれているチハルさんに向き直って言った。
「予定は予定だけど、忙しいってわけじゃないよ」
「そうなの? あたしも一緒に楽しめる予定? 別行動しなきゃいけないやつ?」
「一緒に楽しめるやつだよ。むしろチハルさんがいないと始まらない」
「なによそれ。そんなのあんの?」
チハルさんが笑いながら言う。
「うん。今日はね、チハルさんと飲みたいの」
チハルさんの笑顔が固まった。
「いや今日もでしょ? 何言ってんのよ」
ことさらに突き放す言い方をしてきた。
もうわかる。
照れ隠しだこれ。
「だってチハルさんとお別れになるんだから、最後は、ちゃんと、飲みたいもんんんん」
「ちょっとあんたなに泣いてんのよ! 泣くのはやめてよぉぉぉぉ」
「チハルさんだってぇぇぇ~」
もうちょい感動的にできないものかな。
「ぐすん……はぁぁ……もう……そんじゃ、私もひと晩外出てて眠いし、ひと眠りしたら、飲む用意する?」
「ぐす……うん、最後だろうし、一緒に食べたいもの全部食べる。あとでライフ行こ」
「そうね。あ、じゃあさ」
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18時
駅に向かって急ぎ足で歩く。
佐山くんとの約束の5分前には着きたいのに、その電車まで時間があまりない。
『ちょっと! 揺れる! 気持ち悪い!』
「チハルさん飲みすぎ! ていうかなら自分で飛んで!」
『私よりも飲みすぎなのはあんたでしょうが! 1本だけならデート前でも大丈夫とか言いながら結局3本じゃん!』
「楽しいんだもんしょうがないじゃん! ……向こうも同じ理由で飲んどいてくれることを祈ろうよ」
『祈るのはあんただけよ。同じ匂いなら大丈夫って?』
「うん、まだ強運あるでしょ?」
駅が見えてきた。
終わり




