最終話 タコのアヒージョ 3/5
佐山くんが買ってきてくれたもののうち、すぐに飲まないお酒は冷蔵庫に入れた。
佐山くんは荷物の置き場所にさえ気を遣っている。
「いやほんとてきとうに座って! ソファソファ!」
「いいの? ごめんね」
いいのよ佐山くん、あんまり気を遣わないで。
1ヶ月前にはここで私ゲロと妖精吐いてるし、その後スパークリングワインぶちまけてるし。
だからむしろ私こそごめん。
そんなことは言えるわけもなく、佐山くんとふたりでテレビを正面にしてソファに座った。
部屋に男の人いるじゃん。
圧倒的緊張。
どうしたらいいの。
「じゃあ、上映会といきますか」
苦し紛れに切り出した私に、いつもの笑顔で応えてくれる。
「いいですねー」
もう電車はない。
**********
100分の映画の間、佐山くんはほとんど喋らなかった。
ミートボールパスタのシーンで「あぁー! ここかぁ!」と盛り上がったくらいで、あとはお互い、真剣に鑑賞していた。
佐山くんは100%映画の鑑賞。
私は、半々で映画と佐山くんの鑑賞。
「高校の、オリエンテーション、覚えてる?」
映画が終わって、お酒もつまみもなくなりそうな頃合いで佐山くんが切り出した。
ふたりで2年生として担当した、新入生向けのオリエンテーションの企画だ。
「もちろん」
即答したため、我ながら感情が乗っていなかったように思えたが、言った後に、嬉しさがこみ上げてきた。
「私、あれすごく楽しかったんだよね」
「うん、俺も」
「ほんとに?」
「うん、大変だったけど、楽しかった……なんか、お互い頑張ったじゃん。どっちかに任せっきりにならなかったし、それがすごくありがたかった」
「ふふ、私もだよ」
恥ずかしいけど、目を見て言うことができた、
「私も佐山くんも、お互い、おんなじくらい真剣で、おんなじくらい不安だったよね」
佐山くんがうつむいて黙った。
なにか考え込むような表情。
考え込みはじめたのは、私の言葉を聞いてからなのか、自分の言葉が終わってからなのかはわからない。
そして、唐突に顔を上げて言った。
「俺、須藤さんのこと好きだったんだよ」
思考が止まった。
その後、心拍数が一気に上がった。
その間はすごく長かったようで、短かったようにも感じた。
「へー……そうなんだ」
「うん。今も好きだって思ってる」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
「付き合ってくれない?」
真面目やん。
30目前の男女って、こういう段取り踏むの?
まるで高校生に戻ったような気もするが、私自身は高校時代からそれほど進歩していないのだろうという納得が、私の中にあった。
「……はい。お願いします」
佐山くんの顔から緊張が取れた。
「うわぁー! ありがとう」
彼から私の手を握るまではスムーズだった。
私も、ぎこちなく握り返した。
自分の緊張を打ち消したかったのだ。
彼の手がさらに私に応えるように、握る力を少し上げた後、私の髪を耳にかけた。
恥ずかしくて彼の顔を見れないので顔を伏せた。
ただ、両手で私の顔に触れているのはわかる。
そう言えばチハルさんは、佐山くんが部屋に来た時からいない。
私の顔を優しく正面に向けた彼の唇が、私の唇に重なった。
**********
真っ暗な部屋で、たくさん触れ合った。
服の上からも、裸になってからも。
私は何もできなかった。
何が何だかわからなかった。
ただそれなりに、お互いたくさん色んなところを触った気がする。
自分で触るのとは全く違う、人に体を触られる感覚。
まるで異次元だった。
指が表面を撫でているだけだが、慣れ親しんだ感覚とは全く違った。
……いてぇ
眉間に苦悶のシワが刻まれていることだろう。
ちょっと待ってよ……
軽く撫でられてるだけでこんな痛いの?
つか力強い気がする……
男の人ってみんなこうなの?
いや、私が自慰行為を極めすぎたせいかもしれない……
っつーか絶対そうよね……
唐突に、佐山くんが顔を近づけて言った。
「もう、つけていい?」
おぉー! そうなんだ? 例のヘルメットはこれくらいでつけはじめるのね?
早くない?
「……うん」
佐山くんは私の返事を聞くと、ベッドのそばに置いていた自分の鞄から小さな箱を取り出した。
なんで持ってんの?
暗闇に佐山くんの背中の肌色がかすかに見える。
暗いとは言え、装着シーンをジロジロと見るのも憚られたので、目を逸らして待っていると、佐山くんがすぐそばまで来た。
仰向けになった私の足の間に、佐山くんが体を入れる。
彼には悪いし、場違いだとも思ったが、心のなかでつぶやいた。
チハルさん、ありがとね。
私のことわかってくれて。
いっぱい励ましたり、ダメ出ししたり、バカなこと言いながらお酒飲んでくれて、ありがとう。
もう会えないから、もう会えないけど、チハルさんも元気でいてね。




