第2話 粗大ごみシール 2/8
「あぁぁ~、気持ちいいぃぃ……んんッ」
妖精が洗面器の中で湯に浸かり、思い切り伸びをしている。
「……いいわね。そんだけのお湯の量でお風呂に浸かれて」
髪のトリートメントをしながら横目で妖精を見て言った。
「いいでしょー。あれもできるわよ。しずかちゃんが憧れてた牛乳風呂。映画でちっちゃくなったときにやってたでしょ」
「あー、やってたねー。ていうかその世代なの?」
「そうよ。私だって処女で30歳になって妖精になっちゃったクチなんだから、30歳になったばっかりよ。あんたの一個上。敬語使っていいわよ」
妖精の言葉をゆっくりと、飲み込みにくいホルモン焼きのように、飲み込みながら頭に乗ったシャンプーの泡を洗い流した。
シャワーから出る水の音が浴室に響く。
「あのさ、それ、ほんとなの?」
「あら、まだ信じてないのね」
妖精は洗面器の縁に腕を組んで乗せ、そしてその上に顔を乗せ、こちらをじっくりと見て、そして、微笑んだ。
「ま、気持ちはわかるわよ。私も最初はまったくわからなかったわ、意味が」
全く同感だ。
シャワーで体を流し、ボディーソープを泡立てる。
「あ、ねえねえ! それもちょうだい!」
「え? あぁ、はい」
妖精は3分前にシャンプーとトリートメントをしたときと同じように、私が出した少量のボディーソープで体を洗いはじめた。
「……その、ルールってさ」
「ん? なに? 30超えて処女だったらってやつ?」
「うん。それが適用されるのって、全員なの?」
「そうよ。神様がそう言ってたのよ。受け入れなさい」
「受け入れにくいモノを追加しないでよ。そもそも妖精って存在だって、まだそんなに」
「私だってそうだったわよ! でも仕方ないのよ。白いローブ着て杖持ってヒゲ生えてる白人なんだから、あんなの見たら受け入れるしかないわよ。あんたも受け入れなさい」
「わ、わかったわよ」
早口にまくしたてる妖精から逃げるように、言いながらシャワーで体を流した。
流れ落ちるボディーソープの泡は、いつもと変わらない、爽やかな匂いを出している。
シャワーを出しっぱなしにしたまま、風呂用の椅子に腰かけ、そこでようやく思い至って妖精に訊いた。
「えっとさ、ところで、あなた、名前、なんていうの?」
「私? 私はチハル。あんたは珠美でしょ」
「……神様から聞いてきたのね」
「違うわよ。担当者から」
「……あ、そ」
どうでもいいわ。
「あ! どうでもいいって思ったでしょ! 聞きなさいよ! 私の担当者がどんだけイジワルな言い方するとか」
「そうじゃなくてさ! チハルさんは、その、妖精になる前は、普通の30歳の女の人だったわけでしょ?」
「そうよ」
「で、30歳になった瞬間に、妖精になったのよね?」
「そうよ」
「じゃあ、30歳になった瞬間に妖精に変化しちゃったってこと? それか、死んじゃって、転生した、とか?」
「んーどっちも違うけど、安心して。死んでないわよ」
「えっと、じゃあ、どうなったの?」
「なんか私は妖精になったんだけど、ただ、なんか抜け殻みたいなのが引き続き生活してるらしいわ。それはそれで不気味なのよね」
想像すると、確かに自分には起こってほしくない事態だった。
「あ、でも大丈夫よ。妖精になっても、取り憑いた子がちゃんと処女喪失できれば、元に戻るらしいわ。時間さかのぼって」
「さかのぼってってことは、30歳になった時点に戻れるんだ?」
「そういうことね。だからあんたが明日処女を捨てれば、私は自分の誕生日に戻るのよ。あれ? 今日って何月何日? 日付変わる前。あんたの誕生日」
「11月6日」
「なるほど、そういうことなら私は5か月くらい時間が戻るわね」
「ふーん。じゃあチハルさん、6月に妖精になってから、5か月待ってたんだ?」
「そうね。そうなるわね。待機してた天国みたいな場所は時間の流れがよくわかんなかったけど」
「なるほど……」
とりあえず、あと1年で死ぬとかそういうことはないのね。
「死ぬわけじゃないとか考えてたら私みたいになるわよ」
思考を読まれた不快感に、言葉が出なかった。
「あら? 図星? 単純ねー。かわいいー。ま、そんだけ単純なら考えてること読まれたってしょうがなガボボボッボバボボババオボアボアッボボボゴホッゴホッ! やめなさいよ! 死ぬでしょ! 水量考えなさい!」
「あ、そうね。確かに。ごめんなさい」
言いながらチハルさんに向けていたシャワーを止め、風呂用の椅子から立ち上がった。




