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第13話 ミックスナッツ 5/7

「次なににします?」


 カウンターで隣に座る山本課長が優しくきいてきた。

 傍から見たらいい雰囲気なのかもしれない。

 それなのに私の中には、ちっともいい雰囲気が生まれない。

 緊張感なのか、初めてのバーでの居心地の悪さなのか、知らない顔を見せてきた山本課長への警戒心なのか。


「えぇっと……そう、ですね……」

『固いわねー』


 チハルさんが見かねたように言う。


『あんたが妙に固いの、あれじゃない? よく言うじゃん。ずっと意識してた相手と念願のベッドインしても、いざ行為となると不思議と勃起力が発揮できないっていう』


 男側で例える意味あんの?


『あれは固くならない方か』


 黙っててほしいが相手をしている余裕はない。

 確かにこのままでは甘えるような雰囲気には持っていきにくいが、とは言え山本課長に合わせてウイスキーを飲んだりしたら、甘えるどころではなくなってしまいそうだ。

 考えを巡らせながら、皿のミックスナッツをつまむ。


『飲み物頼んでからにしなさいよ』


 確かに。

 でも飲み物あってもなくても味しないんだよね。


 口の中に入れたのは、確かにジャイアントコーンだったが、あの癖になる塩味が、まったく感じられない。

 味覚障害を疑ってしまうほどだ。


「ゆっくり決めてもらっていいですよ」


 山本課長がこちらの胸中とは対照的に穏やかに言う。


「あと、今飲みたい味の雰囲気とかだけでも。軽めとか、炭酸の柑橘系とか」


 なるほど。

 そういうオーダーの仕方もあるのね。


 店内は10時をすぎてから、にわかに客が増えた。店主とアルバイトらしき若い男が、休みなく動いている。


「そうですね……なんかちょっと、甘めの? 飲んでみたくなりましたけど、作るの大変そうですよね」

「あー、それなら、スクリュードライバーとかはどうですか?」

『なにそれ強そう』


 チハルさんと同じことを言いそうになってしまった。


「飲みやすいですよ。オレンジジュース使ってるから、甘いし、スッキリしてるし。あと作るの簡単ですね。シェイカー振らないんで」


 あのバーのシャカシャカのやつか。


「あ、いいですね! じゃあ、それにします」

「マスター、お手すきでスクリュードライバーとリベットお代わりください」

「はーい。ありがとう」



 **********



 瀬田ここみは、駅のホームで電車を待っていた。

 同僚の須藤珠美に伝えたように、やはり山本課長の今日の様子がまだ気になっていた。


 セクハラスレスレの発言。

 あれが彼女持ちの証拠じゃないとしたら、なに?

 今週のトラブルの憂さ晴らし?

 山本課長の飲み会の流儀?


 そして同じくらい気になったのが、あの店名のわからないバー。

 ボードに描かれた、可愛いのに憎らしいあの猿。


 10分後、混雑する電車に揺られながら、やはり気になってスマホを取り出した。


 Web検索

「猿 スーツ 意味」


 いつもより反応が遅い。

 人が多いからだろう。

 車内で立ったまま、窓の外を見た。

 午後10時25分。

 金曜日の夜を楽しむのはこれからだ、という人も多いだろう。

 車窓から見える街の明かり、そのすべてが楽しいひと時を照らすものだったらいいのに。

 スマホの画面を見ると、検索結果が出ていた。


「ビジネスシーンでスーツを着る猿というのは……」


 あらかた読んだが、ピンと来なかった。

 ただ、気になる言葉があった。

 ビジネス。

 再び検索する。


「猿 ビジネス 意味」


 今回は結果がすぐに出た。



 モンキービジネス。


「ずる」

「インチキ」

「不道徳な取引」



 **********



 今何時だ?

 午後10時30分は、ちょっと前に過ぎていた。


「須藤さん、大丈夫?」


 山本課長に言われて初めて、自分がカウンターに肘をついて、右手の親指と人差し指でこめかみを押さえていることに気づいた。

 酔いがかなり回っている。


「あ……すみません……大丈夫です」

「ごめんなさい、結局チャンポンになっちゃいましたね」


 言われてみれば確かにそうだ。

 一次会の歓迎会ではほぼビールだったが、この店に来て、ウイスキー、ジン、あとは……


「すみません……このコークスクリューって……なんのお酒なんですか?」

「スクリュードライバーね。オレンジジュースとウォッカです」

「おおー、ウォッカ」


 それでこんなに回ってんのか。

 スクリュードライバーって、なんかゲームの技であったよね。

 ぐるぐる回して、頭から落として。

 あれ?


『なるほどねー。酔いを回して落とすからスクリュードライバーって言うんじゃないの?』


 え?

 そういうこと?

 もしかして私を酔わせちゃうために飲ませたの?

 私を酔わせて、どうするつもり?


「須藤さん、タクシー呼びます? それか、誰かに迎えに来てもらうとか」


 山本課長が顔を覗き込んで言う。


 え、こんなに酔わせたのって、あなたじゃないんですか?

 それとも、たまたま?

 確かに柑橘系で飲みやすくて、作るのも簡単で、だから頼んだんだけど。


 山本課長は私の目をしっかりと見ていた。

 本当に心配しているのかどうか、わからなくなってきた。

 居心地が悪くなって目をそらした。


「迎えに来てくれる人いませんよ。彼氏もいません」


 味がしないとわかっているが、クルミを一粒とり、ポリポリ噛みながら答えた。


「そ、そうなんですね」


 なんか面倒くさそうにしたなこいつ。


「山本課長……私って魅力ないんですか……?」

「いえ、とっても魅力的ですよ。歓迎会の時も言ったじゃないですか」

「敬語とかやめてくださいよー」

「いや、そんな付き合ってもない女性で、しかも部下に」

「じゃあ付き合ったらいいじゃないですかー、私とぉー」

『おっ』


 チハルさんが反応するとほぼ同時に山本課長も言う。


「付き合っちゃいますか」


 おぉ!


『おぉ!』

「でも結婚してますよ? 俺」



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