第13話 ミックスナッツ 4/7
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山本課長がトイレに立つと、ここみちゃんが肩を寄せて言った。
「須藤さん、私、そろそろ出ますね」
「え!? もう?」
「いやもう10時ですから」
いつの間に。
そう言えば私と山本課長は2杯目に突入してたわ。
山本課長はグレンなんたらのロック。
私はジントニック。
「大丈夫っす、今日の下着見せたらイチコロっすよ」
ここみちゃんが右手で握りこぶしを作り、わずかに残ったハイボールを飲んで、言う。
脳裏に、今朝鏡で何度も見た自分の下着姿が鮮明に浮かんだ。
「うーん……」
『見せるまでがどうしたらいいのよ』
いやほんとそうなのよ。
まぁ、正直に言っとくか。
処女とかいう核心を言わなきゃいいだけだし。
「正直、自分からアプローチするのとか苦手なのよね」
したこと、あんまりないし。
「そんなの、普通みんなそうですよ」
「そ、そうなの?」
「そうですよー。なんとなく酔ったふりしてふにゃふにゃ甘えとくしかないんじゃないですか?」
そういうものなのか。
『そういうもんなのねー。この記憶は持ち越せそうね』
私が処女喪失してチハルさんが人間に戻ったとき、個人が特定される記憶はなくなるそうだが、確かにこの記憶は残りそうだ。
「あ、課長戻ってきたんで、ほんと、行きますね」
ここみちゃんはそう言いながら鞄から財布を出した。
山本課長が席に座りながら言う。
「あれ、瀬田さん帰ります?」
「はい。ちょっといつもよりお酒の回り早くて。これ以上は危ないんで帰ります。いくらですかね?」
「いいですよ。瀬田さん1杯だけですし」
「いやでもここ結構するんじゃないですか?」
「デュワーズソーダで600円ですよ。チャージなし」
「え、安いですね!」
ここみちゃんが驚いている。
「でしょ?」
いや高くない?
いつも行くようなお店だったらハイボール300円よ。
しかもグラスちっちゃいじゃん。
ジョッキでもないのにろっぴゃくえん?
値段が倍で、量が10分の1だから実質20倍じゃん!
『ジョッキだとしても高いのに、このサイズで600円?』
ふたりにはわからないようにチハルさんに小さくうなずくと、山本課長が続けた。
「上司なんだし、今日のところは安心しておごられてください」
「では、お言葉に甘えて……ごちそうさまです! それじゃ来週からまたお願いしますね」
「よろしくお願いします」
「ここみちゃん、気を付けてね」
「はい、須藤さんも、あんまり遅くならないように」
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2人同時に最後のワインに口をつけてから、切り出した。
「明日はどうすんの?」
「あー……さすがに帰っとく」
助かる。
とても助かる。
だがそんなこと言えやしない。
「こっちで洗濯できるやつはしとくから、仕事着なんかは持って帰ってね」
「しのびねえー!」
年上なのに子どもっぽい。
気難しい人だが、扱い自体は難しくない。
明日彼女が帰れば、いったんはひとりの部屋だ。
何時に出るのかは知らないが。
「あ、待って」
「なに?」
不思議そうに理央が応えた。
「明日午後から雨じゃない?」
「うそ!?」
スマホで確認すると、昼前には降水確率90%と出ていた。
「ごめん、午後からじゃない。昼前から」
「ちょっとぉー! 早起き確定じゃん!」
「俺に言わないでよ!」
「もー! しゃーない、次の一軒で終わりにしよう」
おい。
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店外に出た瀬田ここみは、そばにある自立するメニューボードに目をやった。
黒板に白い字でいくつかのウイスキー名が並ぶ。
そして目立つ位置に、ビジネスマンの格好をした猿のイラスト。
可愛らしいけど、なんか憎たらしいな、この子。
視線をすぐにその猿から店の窓に向けた。
店内をのぞき見るが、そこから見える範囲に2人はいなかった。
これからのことが気にはなるが、とにかく、歩き出した。
「山本課長に彼女いるかどうか、確かめてませんけど」
その言葉は結局言えなかった。
好きになっているなら、私がブレーキをかける筋合いはない。
そもそも彼女がいたとしても、今にも別れそうだとか、実質別れているようなものだとか、そういうことはいくらでもある。
山本課長に彼女いないに、越したことはないな。
すぐそばを「ぎゃははは」と笑うサラリーマン2人組が通った。
街の喧騒は、今の私や須藤さんの気持ちのことは気にしていない。
須藤さんがどうしたいかは、須藤さんが決めたらいい。
でも、私は須藤さんのことが好きだから、須藤さんが悲しいのはやっぱり嫌だ。
でも、そもそも悲しむ結果になるとも限らない。
でも結果によって、須藤さんが職場にいづらくなって、離職なんてことになるのはもっと嫌だ。
思考がまとまらないまま、歩き出した。
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しまった。
向かい合って座ったんじゃ甘えにくい。
「瀬田さん帰っちゃったし、カウンターにします?」
「えっ?」
「この席のほうが良いなら、いいんですけど」
「あぁ! いえいえ! カウンターの方が、バーっぽくて好きです!」
『おおー、うまいこと言うじゃん』
確かに。
我ながら、確かに。
「よかったです。すみませんマスター、カウンター行きますね」
「どうぞー。全部そのままでいいよー」
いやさすがにそれは申し訳ない、と思いグラスを持ちかけたが、中には氷しか入ってなかった。
お言葉に甘えて荷物だけ動かし、カウンターに並んで座ると山本課長が優しくきいてきた。
「次なににします?」




