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第13話 ミックスナッツ 3/7

 **********



「お決まりですか?」


 テーブルのそばに立つバーテンダーの声に山本課長が答えた。


「僕は、デュワーズハイボールで」


 ちょっと待ってよ。

 早くない?


「えっと……」

「あ、ごめんなさい、僕が先に決めちゃって。ゆっくり決めてくださいね。すみませんマスター、また3人まとめて言いますね」

「はーい、了解」


 マスターと呼ばれた男性は軽快に答えて、去り際につづけた。


「メニューは、あっちのボードにいくつかありますけど、まぁ、それ以外のもだいたい作りますんで」


 言われて店主の視線を目で追うと、店内の高い位置に、やはり黒板に白文字でメニューが書かれていた。

 その中に、デュワーズハイボールの文字はない。

 そしてやはり、スーツに身を包んだ猿のイラストがあった。


「ゆっくり、決めてくださいね」


 そう言ってカウンターに戻る店主を一瞬だけ目で追って、再びメニューを見た。


 どれがいいんだろう。


『どれがいいのよ』

「どれがいいんですか?」


 山本課長に聞こえたのはここみちゃんの声だけだった。


「今の気分で飲んでいいと思いますけどね。軽く飲むならハイボールか水割りとか、ジントニック?」


 ジンかぁ……いいな……


「山本課長のデュワーズっていうのは?」


 ここみちゃんが山本課長と会話している。


「ウイスキーです。バーで飲むハイボールと言えばデュワーズってくらい、メジャーですよ」


 メジャーと言われると避けたくなるわね。


「よく飲むんですか?」


 山本課長がうなずいた。


 そうだ、ジントニックって初見のバーで飲むといいって聞いたな。

 バーテンダーの腕やこだわりがよくわかるって。


「じゃあ私たちもデュワーズハイボールにしましょうか」

「え?」

「あー、いいですね。今はマスターひとりだから、別々のにしたら結構時間かかりますし、何より美味しいし」


 まぁ2杯目で飲めばいいか。


「ありがとうございます! じゃあそれで」

「すみませーん、デュワーズソーダ3つで。あとミックスナッツも」

「はいよー」


 いいねぇ。


『いいわねぇ』



 **********



「見て! ほら! 超早い!」


 理央は言いながら前菜盛り合わせの生ハム、オリーブ、ピクルスを次々に口に運んでいた。


「もったいないから普通に食べなよ」


 あとどうせひとりでバクバク食べるならパスタの方にしてくれ。

 つまみは俺も食べたい。


「歓迎会、楽しめなかったの?」

「んーん」


 理央は首を横に振ったあと、口の中のものを飲み込んでから改めて答えた。


「楽しかったよ。仲良くなれそうな可愛い女の子たちと飲めたし。でもそれもそんなに長くは無理だったね。いろんなテーブルに呼ばれてさ」

「あー、歓迎会ってなると、そうだね。主役のさだめだよ」

「またあの子たちと飲みたいのさ」

「あの子たちって、あれ? お昼ご飯のときに声かけてくれたふたり?」

「そう! 天使すぎでしょ?」

「そうだね。ふたりがもう仲良しなのに混ぜてくれたんでしょ?」

「そうなのよ、しかもこれがなんか、対照的なの。長身美人とロリ巨乳で。ゆうくんには会わせたくないな」

「会ってもなんもないでしょうが」

「わかんないじゃん! ゆうくん可愛いよ? 自信持って! でも持たないで!」

「お待たせしましたー、こちらペンネカルボナーラです」

「ありがとうございます! やばい! うまそう! ベーコンちょっとならあげるよ?」

「……ありがとう」


 長身美人と聞いて、最近よく再会する同級生を思い出していた。


 須藤さんも背は高いけど、長身ってほどになるのかな?

 女の人のなかでは高い方か。

 高校時代はショートヘアだったけど、今は肩から更に下に伸びたセミロング。


「私、やっぱりショートのが好きかも」


 パスタの話だというのは聞かなくてもわかった。



 **********



「あ、美味しい」


 デュワーズハイボールをひと口飲んで思わず声を上げた私に山本課長が微笑む。


「よかった」


 好感の持てる笑顔だ。

 いつもより声が低く、心地よく聞こえるのは、バーの効果だろうか。

 それなのに、いつもなら来ている桃色の電流が来ない。


 緊張してんのかな?


「私も初めて飲みますけど、美味しいですね」

「でしょ?」

「こちらミックスナッツです」


 いつの間にか店主のほかに店内で動いていたスタッフがテーブルに来て置いた。


「……結構多いですね」


 ここみちゃんが皿の上のミックスナッツを見て言う。


「……これ絶対サービスしてくれてるやつです」

「そうなんですか?」

「はい。俺数言わなかったし、俺ひとりのときと全然違いますから」

「ていうか課長、俺呼び?」


 ここみちゃんがいたずらっぽく笑って言った。


 ほんとそうね。

 なんか、キュンと来るよりも、戸惑っちゃう。


「仕事モード抜けたからかもですね」

「でも敬語は抜かないんですね」


 ここみちゃんの追撃に山本課長が恥ずかしそうに笑うが、やはり戸惑いは消えない。

 戸惑いを消したくてカシューナッツをひと粒取って口に入れた。

 ナッツの甘味と、ほのかに加えられた塩の味。

 それが口に広がると思ったのだが、味がしない。


 緊張してんのかな?



 **********



「ねぇ、ほんとにこれで終わらなきゃだめ?」


 皿のパスタはとっくになくなり、前菜5種盛りはオリーブとピクルス、生ハムが1切れずつあるだけだった。

 理央の前に置かれたワインも、グラスの中にはあとひと口分くらいしか残っていない。


「部屋でなら付き合うからさ。だいたい、そんなにワイン飲めないでしょ?」

「まぁね。でも今はワインのスイッチ入ってんのよ」


 それはこっちもそうだった。

 普段は部屋では缶チューハイしか飲まないので、たまに飲むワインは贅沢な気分にさせてくれる。

 グラスワインで600円。


「ね、もう一杯だけ」


 理央が甘えるように笑って言う。

 もう知っているがこれはお願いではない。

 断ったら猛烈に怒る脅迫だ。


「じゃあ俺も飲むからチーズちょっと頼もう」

「ゆうくん、ほんと好き」


 こんなところでそういうことは言わないでほしい。

 なんとも応えられずスマホを見ると、10時になっていた。



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