第13話 ミックスナッツ 3/7
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「お決まりですか?」
テーブルのそばに立つバーテンダーの声に山本課長が答えた。
「僕は、デュワーズハイボールで」
ちょっと待ってよ。
早くない?
「えっと……」
「あ、ごめんなさい、僕が先に決めちゃって。ゆっくり決めてくださいね。すみませんマスター、また3人まとめて言いますね」
「はーい、了解」
マスターと呼ばれた男性は軽快に答えて、去り際につづけた。
「メニューは、あっちのボードにいくつかありますけど、まぁ、それ以外のもだいたい作りますんで」
言われて店主の視線を目で追うと、店内の高い位置に、やはり黒板に白文字でメニューが書かれていた。
その中に、デュワーズハイボールの文字はない。
そしてやはり、スーツに身を包んだ猿のイラストがあった。
「ゆっくり、決めてくださいね」
そう言ってカウンターに戻る店主を一瞬だけ目で追って、再びメニューを見た。
どれがいいんだろう。
『どれがいいのよ』
「どれがいいんですか?」
山本課長に聞こえたのはここみちゃんの声だけだった。
「今の気分で飲んでいいと思いますけどね。軽く飲むならハイボールか水割りとか、ジントニック?」
ジンかぁ……いいな……
「山本課長のデュワーズっていうのは?」
ここみちゃんが山本課長と会話している。
「ウイスキーです。バーで飲むハイボールと言えばデュワーズってくらい、メジャーですよ」
メジャーと言われると避けたくなるわね。
「よく飲むんですか?」
山本課長がうなずいた。
そうだ、ジントニックって初見のバーで飲むといいって聞いたな。
バーテンダーの腕やこだわりがよくわかるって。
「じゃあ私たちもデュワーズハイボールにしましょうか」
「え?」
「あー、いいですね。今はマスターひとりだから、別々のにしたら結構時間かかりますし、何より美味しいし」
まぁ2杯目で飲めばいいか。
「ありがとうございます! じゃあそれで」
「すみませーん、デュワーズソーダ3つで。あとミックスナッツも」
「はいよー」
いいねぇ。
『いいわねぇ』
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「見て! ほら! 超早い!」
理央は言いながら前菜盛り合わせの生ハム、オリーブ、ピクルスを次々に口に運んでいた。
「もったいないから普通に食べなよ」
あとどうせひとりでバクバク食べるならパスタの方にしてくれ。
つまみは俺も食べたい。
「歓迎会、楽しめなかったの?」
「んーん」
理央は首を横に振ったあと、口の中のものを飲み込んでから改めて答えた。
「楽しかったよ。仲良くなれそうな可愛い女の子たちと飲めたし。でもそれもそんなに長くは無理だったね。いろんなテーブルに呼ばれてさ」
「あー、歓迎会ってなると、そうだね。主役のさだめだよ」
「またあの子たちと飲みたいのさ」
「あの子たちって、あれ? お昼ご飯のときに声かけてくれたふたり?」
「そう! 天使すぎでしょ?」
「そうだね。ふたりがもう仲良しなのに混ぜてくれたんでしょ?」
「そうなのよ、しかもこれがなんか、対照的なの。長身美人とロリ巨乳で。ゆうくんには会わせたくないな」
「会ってもなんもないでしょうが」
「わかんないじゃん! ゆうくん可愛いよ? 自信持って! でも持たないで!」
「お待たせしましたー、こちらペンネカルボナーラです」
「ありがとうございます! やばい! うまそう! ベーコンちょっとならあげるよ?」
「……ありがとう」
長身美人と聞いて、最近よく再会する同級生を思い出していた。
須藤さんも背は高いけど、長身ってほどになるのかな?
女の人のなかでは高い方か。
高校時代はショートヘアだったけど、今は肩から更に下に伸びたセミロング。
「私、やっぱりショートのが好きかも」
パスタの話だというのは聞かなくてもわかった。
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「あ、美味しい」
デュワーズハイボールをひと口飲んで思わず声を上げた私に山本課長が微笑む。
「よかった」
好感の持てる笑顔だ。
いつもより声が低く、心地よく聞こえるのは、バーの効果だろうか。
それなのに、いつもなら来ている桃色の電流が来ない。
緊張してんのかな?
「私も初めて飲みますけど、美味しいですね」
「でしょ?」
「こちらミックスナッツです」
いつの間にか店主のほかに店内で動いていたスタッフがテーブルに来て置いた。
「……結構多いですね」
ここみちゃんが皿の上のミックスナッツを見て言う。
「……これ絶対サービスしてくれてるやつです」
「そうなんですか?」
「はい。俺数言わなかったし、俺ひとりのときと全然違いますから」
「ていうか課長、俺呼び?」
ここみちゃんがいたずらっぽく笑って言った。
ほんとそうね。
なんか、キュンと来るよりも、戸惑っちゃう。
「仕事モード抜けたからかもですね」
「でも敬語は抜かないんですね」
ここみちゃんの追撃に山本課長が恥ずかしそうに笑うが、やはり戸惑いは消えない。
戸惑いを消したくてカシューナッツをひと粒取って口に入れた。
ナッツの甘味と、ほのかに加えられた塩の味。
それが口に広がると思ったのだが、味がしない。
緊張してんのかな?
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「ねぇ、ほんとにこれで終わらなきゃだめ?」
皿のパスタはとっくになくなり、前菜5種盛りはオリーブとピクルス、生ハムが1切れずつあるだけだった。
理央の前に置かれたワインも、グラスの中にはあとひと口分くらいしか残っていない。
「部屋でなら付き合うからさ。だいたい、そんなにワイン飲めないでしょ?」
「まぁね。でも今はワインのスイッチ入ってんのよ」
それはこっちもそうだった。
普段は部屋では缶チューハイしか飲まないので、たまに飲むワインは贅沢な気分にさせてくれる。
グラスワインで600円。
「ね、もう一杯だけ」
理央が甘えるように笑って言う。
もう知っているがこれはお願いではない。
断ったら猛烈に怒る脅迫だ。
「じゃあ俺も飲むからチーズちょっと頼もう」
「ゆうくん、ほんと好き」
こんなところでそういうことは言わないでほしい。
なんとも応えられずスマホを見ると、10時になっていた。




