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第13話 ミックスナッツ 2/7


 そのバーは会社と最寄り駅のちょうど中間の位置の、大きくないビルの1階にあった。

 2階から上はアパートになっていた。

 歓迎会で使った店から駅に向かう間にあるのだが、飲食店が最も多いエリアからはほんの少しだけ外れているので、周辺は落ち着いた雰囲気だった。

 そしてそのバーは外観も落ち着いていた。


『おー、結構落ち着いた感じねー』


 ほんと、そうとしか言えない私たちよね。


 外壁は濃いブラウンの木材が半分以上を占めており、あとは黒く塗られた窓枠とドアノブまで黒いドアだ。

 ドアの脇には自立式の黒板があり、そこに白いペンでメニューが書かれている。


「……ワインバー、ってわけじゃないんですね」


 黒板を見るここみちゃんのつぶやきに山本課長が応えた。


「ええ。僕はワインはあんまり飲まないので。その方がよかったですか?」

「いえ、全然」

「ワインもあると思いますよ」


 ドア脇の黒板のメニューには見慣れたウイスキーの名前がいくつか書かれていたが、そこに店名はなかった。

 代わりに可愛らしいイラストがあった。

 サルがスーツに身を包み、ビジネスバッグをたずさえている。


 なんか意味あんのかな?

 サルみたいにせせこましく働く人間?

 サルにも衣装?


 つい考え込んでしまった私の前で、山本課長が店のドアを開けた。


『おおーいい感じねー』


 チハルさんと同じような声を上げそうになった。

 照明を落とした空間にはゆっくりとしたジャズが流れ、木製の椅子やテーブルが並ぶ。

 客が2人離れて座るカウンターの奥にはたくさんの種類の酒が並んでいた。


「お、いらっしゃい、哲雄くん」


 カウンターを挟んだ位置からバーテンダーが、グラスに氷を入れながら、先頭の山本課長に声をかけた。


「そっち、使ってね」


 シャツとベストを着た50歳近くに見えるバーテンダーはそう言うと、カウンター内の仕事に戻った。


「ありがとうございます」


 山本課長は返事をして、率先して歩く。

 3つあるボックス席はすべてカウンターとは反対側の壁に沿って並んでいる。

 店内ではやや奥まった位置にあるボックス席。 

 3つのうちひとつだけ、ほかの2席と離れている。

 確かにここに私たちが座れば、漂ってくるタバコの煙も最小限になるだろう。


「ごめんなさい、こっち使いますけど。そこ、荷物入れあるので、どうぞ」


 山本課長はそう言って椅子に座った。

 テーブルをはさんで、2脚ずつ並ぶ椅子。

 私とここみちゃんが並んで座った。

 壁際に私を座らせたここみちゃんが山本課長にきいた。


「このお店、よく来るんですか?」

「んー、月、1、2回、ですかね」

「こういうとこって、ご自分で見つけます?」

「そうですよ。部長が教えてくれた店とかは、部長いないときは行きにくいし」

「なるほど」


 私のひと言がそっけなく聞こえたのか、山本課長が言う。


「須藤さん、こういうとこ、苦手でした?」

「い、いえいえ!」

『いよいよ正念場だからねー、この子も緊張してんのよ』


 チハルさんが言い終わったときには、先ほどまでカウンターにいたバーテンダーがそばまで来ていた。



 **********



 イタリアンバルの2人席で、佐山優斗と早川理央が向かい合って座っている。

 理央はビールを、佐山は赤ワインをオーダーした。

 飲み物と一緒に店員が「お通しです」と小皿に乗ったブルスケッタを置いた。

 バゲットの上には野菜のトマト煮込み。

 さらにその上には刻んだケッパーとアンチョビがある。

 赤ワインとの相性は言わずもがな。


 お通しがこれか。

 最高じゃんこの店。

 また来よう。


 たまたま前を通ったときに、理央が「ここに入ろう」と決めた。

 その理央は目の前の最高のお通しには目もくれず、乾杯を省略して、もうグラスに口をつけていた。

 そしてこちらを見ずにメニューをめくっている。


 よっぽど溜まってるんだろうな。


 ブルスケッタに手を付ける前にワインを飲もうとグラスを持ち上げたとき、理央がメニューをおろして口をへの字に曲げた。


「あー、ない」

「……なにが?」

「ミートボールパスタ食べたかったのに……」

「ないだろ……ルパンのでしょ?」

「おお! 覚えてた?!」

「パスタのときいっつもその話するじゃん」

「……そうだったね」

「どうすんの? ボロネーゼとか?」

「こういう時にね! 類似品で満たされようとしても結局満たされなくない?!」

「まぁ、そうかも」


 こちらの答えに満足したのかしていないのか、笑顔はないまま再びメニューを睨みはじめた。


 あと「類似品」はさすがにボロネーゼに失礼だろ。


「はぁ、でもま、しょうがないね……前菜盛り合わせからにしようか」

「ごめん……待って。パスタとかピザにして」

「なんでー?」

「俺もう食ってきたからさ、今から一軒目の飲み方に付き合うのはちょっと困るよ」

「……わかった」

「ありがとう」

「すいませーん……この、ペンネカルボナーラと、前菜5種盛りください」


 この裏切りだ。


「めっちゃ早く食べるから」




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