第11話 値引きキムチ 6/6
「ごめんごめん」
佐山優斗はことさらに不機嫌そうな顔をしている早川理央に言いながら、鞄のポケットの中の部屋の鍵を探す。
通勤用鞄と買い物袋を持つ帰宅したばかりの彼に、理央は容赦なく追撃する。
「あれ? 買ったのってそれだけ? 私のご飯は?」
「だからヅケがあるってば。朝出るとき言ったでしょ? 電話でも。ご飯も冷凍してるやつあるし、ヅケ丼食べてよ」
「えー?! 冷凍ご飯なのー? 私炊きたてがいいんだけど」
「じゃあ今から炊く? 早炊きでも40分はかかるよ? 待つ?」
「しゃーない。レンチンよろしく。ヅケ美味しそうだったから許すわ」
「教えてくれた俺の同級生に感謝してね」
「ありがとー同級生」
ブラウンの髪を耳にかけて、スマホを触りながら言う理央の横で、佐山はようやく鞄の中から鍵を取り出せた。
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『今日は寄らなくていいの? 明日なんかあるとしても、土日あるよ?』
最寄り駅のスーパーが近づくとチハルさんが話しかけてきた。
時間的に肉や魚は値引きされる頃なので、提案としては妥当だった。
「うん。今日はやめとくわ」
これ以上、荷物も気持ちも重くしたくなかった。
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「こんなことなら合鍵もらっとくんだったわー」
鍵を開ける佐山優斗の背中に、早川理央が言葉をぶつける。
合鍵渡すのはちょっと、なぁ……
そう言いかけたがやめた。
何倍になって返ってくるかわからない。
佐山がドアを開けた。
そこを理央がすり抜けて部屋に入る。
彼女も通勤鞄とは別の荷物を持っていた。
「それ、なに?」
「ん? 明日明後日の泊まり用の着替え」
「……なんで明後日のも今持ってくんの?」
「だってー、明日は楽しい飲み会だもん。終わってからまた着替え取りに行くのはめんどくさいじゃん」
「あ、楽しみなんだ?」
「そうよー。同じ課の人、やさしくてかわいいの。遅くはならないと思うから、起きててよね」
ここで「寝る時間の前には帰ってきてくれ」などと言えば、また合鍵論争になる。
理央は着替えが入った大きなバッグをどこに置いたらいいのか家主に聞くこともなく、玄関の床に置いた。
広くないスペースがさらに狭くなる。
「……ほんと強引なんだよ」
飲み込みきれない諦めが、声になって出ていた。
言葉は虚しく宙に響いた。
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家について、チハルさんと飲みながら見たトークバラエティは、いつもよりつまらなく感じた。
佐山くんと仲良くなったきっかけなんか、思い出す必要がなくなった。
布団の中で天井を見上げている。
軽く飲み直して、お風呂に入って、髪を乾かしても、気が晴れない。
顔のすぐ横からはチハルさんの寝息が聞こえてくる。
私は、布団に入って1時間近く経つというのに、まだ眠れない。
思い出す必要がなくなったのに、思い出してしまった思い出が、頭の中をぐるぐる飛び回っていた。
高校時代、新入生のためのオリエンテーション。
1年生の冬休み明けに、私と佐山くんが、各クラスから2名ずつ選出されるその係になった。
そのとき、佐山くんはこう言った。
「お互いわかんないことだらけだけど、頑張ろうね」
彼自身も初めてのことで不安な中、たくさん私をサポートしてくれた。
とにかくたくさんの打ち合わせをした。そのたびに不安なこと、わからないことが明確になり、わかる人に聞きに行って解決する。
1年生の冬休み明けの放課後は、ほぼ係の仕事で使っていた。
お互い、同じくらい小心者で、同じくらい真面目だったのだろう。どちらか一方に負担が偏ることはなかった。それが心地よかった。
同じ学年なのだから、知っていることにそう違いはないはずなのに、すごく安心できた。
そんな彼を、私もサポートしたいと思っていた。
「もういいんだって。思い出さなくて」
第11話 おわり




