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第11話 値引きキムチ 5/6


 え?


『え?』


「うん、まぁ、部屋では、いつもはひとりで食べてるけど……」


 いつもは部屋でひとり。

 いつもは。


 そのとき、佐山くんがおもむろにジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面を見て、そしてすぐにこちらを見て言った。


「ちょっと、ごめん」


 こちらの反応を待たずに背を向ける佐山くん。


「あ、もしもし…………」


 頼んでもないのに彼の声が届く。


「うん…………いや、仕事は終わってる…………今はもう駅だよ。ご飯の買い物してる…………うん…………うん。だから朝出るときに言ったけど、いや、いいや。ごめん。あとで…………ごめんって。すぐだから。待ってて」


 おいおいおい。


 虚しい抗議の声を心でつぶやいたが、自分でも不思議なほど、すぐに目の前の状況を受け入れた。

 そんな私の肩の上で、チハルさんは黙っている。黙って、佐山くんの方を見ている。


「ごめん」


 電話を切った佐山くんが向き直って言った。


「いいえー」


 爽やかに言ったつもりなのに、当てつけのような風味があった。


 そして、沈黙。


「あ!」


 佐山くんが沈黙を揉み消すように言う。


「キムチ買おうかな! 値引きしてるし!」


 やたら速い動きでキムチのパックを手に取ってかごに入れた。

 200円引き。

 確かに値引き額は大きいが、500グラム。


 いやそれ多いでしょ。値引きの賞味期限考えたら、絶対ひとりで食べきれないじゃん。


 妙に冷静になれているのが自分でもわかった。

 チハルさんは、そんな私に気を遣っているのか、何も言わない。


「いいね、キムチ。お酒は買ってかないの?」

「いやいや、ここ高いから」


 ほんの数十円よね。

 ひとり分なら、ここで買っちゃいなよ。

 あぁ、そっか。たくさん買うなら、安いスーパーで買い込むわよね。

 ふたり分だもんね。



 **********



 その後は、私は当てつけのように缶ビールをひとつとサラミが3種入ったパックをかごに入れ、当たり障りのない会話を交わして、店の前で別れた。

 駅ビルの中の店の前は、人々が慌ただしく行き交っている。

 雑踏に紛れて歩き出したが、小さなレジ袋が妙に重く感じる。


 チハルさんは黙っている。

 私から話しはじめた。


「……しょうがないよ。私には縁がなかったのよ」

『決め付けんのは早くない? まだなんもないかもしれないでしょ?』

「いやあるでしょ……」


自分の声の力の無さに、自分でも驚く。

だがそれももうどうでもいい。


「朝部屋出るときってねぇ……」

『…………ま、飲み直そ。明日に響かない程度にね』

「うん……チハルさん、全然飲めてないもんね」


 駅の人の流れに身を任せても、気は楽にならなかった。

 自分でも不思議なくらい、さっきのことを気にしている。



 **********



 20時15分。

 佐山優斗は自宅アパートに着いた。


「おそいよ、ゆうくん!」


 佐山勇斗の部屋の前で、早川理央が言う。


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