第11話 値引きキムチ 1/6
29歳OL、須藤珠美は「30歳になるまで処女のままだと妖精になる」という運命の元、妖精チハルとともに、1年間を過ごすことになった。
1年間限定で高まる出会い運は、上司、同級生と言ったいろいろな男との急接近を巻き起こす。
果たして珠美は妖精になってしまう前に処女喪失をすることができるのか。
**********
12月3日 木曜日
目が覚めてすぐ、枕元のスマホを手に取って見た。
野沢から新着メッセージがあった。
あせる気持ちを抑えて、メッセージを開く。
私が昨日送ったメッセージはこうだった。
『おつかれ。駅で高校の同級生の佐山くんに会ったよ。ちょっとしゃべったけど、野沢仲良かったよね? 私が佐山くんと仲良くなったきっかけって、なんだっけ?』
私が送ったのは昨日の夜8時前。
どうしても、仲良くなったきっかけが思い出せず、結局一日考えて、野沢に助けを求めた。
が、起きている間には野沢からの返信はなかった。
そして今、その返信を見る。
『あー、なつかしいね。佐山優斗。仲良くなったきっかけかー』
「おはよぉー」
チハルさんも目を覚ました。
『知らないわよそんなの。自分で覚えてなさいよ』
いやそうだけどさ……
結局、余計気になってしまっただけだった。
**********
「あれ? あの、須藤さん」
「はい」
デスクのPCで作業をしていると早川主任から声をかけられた。
軽くウェーブがかったブラウンのセミロング。
ネイルもメイクもしっかり目でありながら上品。
アイメイク、どうやってるんだろう。聞いたら教えてくれそうだけど。
今日もキラキラ、美人でいらっしゃる。
「あの……会議で使うクレームの月次レポートグラフって、どこかにあります?」
「あ、レポートデータはですね。このフォルダの……」
ここみちゃんが慌てて口を挟んだ。
「いや! 須藤さん! それ須藤さんがちょっと前に早川主任に紙出力頼まれたやつですよ!」
「え! ご、ごめんなさい!」
「い、いえ! こっちこそごめんなさい! 自分でできたらよかったんですけど!」
「早川主任は打ち合わせあったからしょうがないです! 須藤さん! 私も手伝います!」
**********
「ちょっと須藤さん! 会議の資料、用意しといてって頼んだでしょ!」
勝村課長だった。
「! ご、ごめんなさい!」
「今から間に合わせるから! 一緒にお願い!」
「はい!」
「あ、私もやりますよ!」
「わ、私も!」
ここみちゃんに続いて、早川主任も加わった。
**********
「須藤さん、制作から、去年のノベルティの詳細、まだですか?って言われてるんだけど?」
「ご、ごめんなさい!」
**********
「今日、調子悪いですね」
『悪いですねえー』
退勤後の更衣室。
ここみちゃんが、続けていじわるな言い方でチハルさんが言った。
「ほんとごめんね」
我ながら深刻そうな声が出た。
ここみちゃんの戸惑いが一拍の間になった。
「いえ、いいんですけど……なんか、心配事ですか? 借金とか?」
「いや、そういうんじゃないけど……」
心配事というわけではない。
ただ、思い出したいのに、思い出せない。
でも思い出せそうな気がする。
そういうものが頭の片隅にずっとある。
佐山くんのことだ。
「まぁ須藤さんに限っては、借金とか、そういうことはないと思いますけど、困ったことがあったら話してくださいね。力になれるかどうかはわかりませんけど、話すだけで楽になるとか、ありますから」
「うん。ありがとう。でも悩みとかじゃないのよ」
「それならよかったです。で、いよいよ明日ですね!」
ここみちゃんが私服のブラウスのボタンを留めながら嬉しそうに言った。
「あー、早川主任の歓迎会ね」
「それはメインじゃないですよ!」
『そーよそーよ!』
「なんでよ。メインでしょ。入って早々に私が迷惑かけてんのに、めっちゃ手伝ってくれてるじゃん」
「そこは須藤さん個人が感謝しといてください」
あ、はい。
「でも明日のイベントのメインは、私たちにとっては違います。須藤さんが山本課長とねんごろになるのがメインです」
「……『私たち』って、なんでここみちゃんも入るの?」
「それはだって、面白いし……」
『ここみちゃんのそういうとこ好きだわー』
それはチハルさんに同感だけど。
「……それだけ?」
「いや、私としては真剣に応援してますよ? 応援し甲斐があるんですよ。すごく、合いそうな気がするし」
「どこ見てそう思うの?」
「あ、もしかして、今日いろいろミスしてたのって、明日のことが気になってたからですか?」
「いや、違う、けど」
「……まぁいいです。そしたら、今から飲みに行きません? 作戦会議みたいなこともしておきたいし」
「飲むのはいいけど……作戦」
「やったー。じゃあお寿司行きましょう」
「え、どこの?」
「えっとですね」
ここみちゃんが言ったのは、火曜日、水曜日と連続して佐山くんと遭遇した駅だった。
そもそも駅直結のモールがあるのだから、その周辺の飲食店もまた豊富だった。
そしてまた会えるかも、という期待がムクムクと大きくなってきた。
「須藤さん好きそうだし、安く飲めますよ!」
「いいねー」
『いいなぁ。私にもつまませてよね』
チハルさんにだけわかるように、小さくうなずいた。




