第10話 ミートボールパスタ 2/6
『意外と迎合するタイプではないのね』
始業時間の直前、チハルさんが私のデスクの上で言った。
別に意外ではなくない?
確かに早川主任なら如才なく「矢野部長のマネジメントがいいからじゃないですか?」とか言ってもおかしくない。
そうか、意外ってことか。
でも。
(あんまり無意味に敵視しないでよね)
カッカッ
爪でデスクを2回叩くのは、直接話せないチハルさんに画面を見てほしい合図。
『無意味ってことはないわよ。あんたあいつの軍門に下ろうとしてんの?』
どういう発想なのよ。
『山本課長取られる可能性、忘れてない?』
忘れてるわけじゃないけど……
それよりも気になるのは、早川主任が言いかけたことだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「須藤さん、すごいね」
「え? なにがですか?」
「いや、あの、えっとですね……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれはどういう意味だったんだろう。
早川主任に直接聞くしかないが、彼女は昨日と同じく、山本課長や矢野部長にいろいろ質問しながら忙しく動いている。
**********
お昼休み。
今日は早川主任と同じ時間に昼休みに入れた。
昨日と同じ会議室に、ふたりで並んで座った。
『まさかこいつとふたりっきりでご飯とはねー』
今日はここみちゃんは有休をとっていた。
早川主任はコンビニのパスタサラダとおにぎり2個とハム。
まぁまぁ食べるのね。
仕事できる人は早くたくさん食べるって言うからなぁ。
昨日と同じ会議室で、並んで包みを開けながら言う。
「今日も矢野部長とのランチはお預けですね」
「ごめんなさい、昨日楽しかったから、また来ちゃって」
「いえいえ。でも、よかったんですか? たぶん高いランチごちそうしてくれますよ?」
早川主任はパスタサラダをカップの中で混ぜながら、嬉しそうに言う。
「今日は事前に言ってたんです。同じ課の人と食べたいって」
『カンペキだ! カンペキなムカつき野郎だ!』
やめなさいよ。
「あの、朝会ったときのことなんですけど」
「はい。ん? 朝? ですか?」
私が切り出した話題に早川主任はキョトンとしている。
「はい。朝、出社中に会ったとき、なんか、私のこと、すごいって」
「あー! それ! それですよ!」
早川主任が話に夢中になりはじめた隙に、チハルさんは私のお弁当に手をつけはじめた。
「須藤さん、ウチの会社って言ったじゃないですか!」
「え? そうでしたっけ?」
「はい。瀬田さんはウチの会社の天使だって」
「言ったかな……」
「言ってたんですよ!」
「え? それで? それで何がすごいんですか?」
「あのですね、ちょっと前に見たビジネス系の漫画で、あったんですよ。自分が働く会社のことを『この会社』って呼ぶか『ウチの会社』って呼ぶかが、すごく重要なんですって! ちゃんとした会社なら、出世するかどうかに大きく関わるくらい違うって!」
『ほんほに?』
ブロッコリーのかけらをほおばりながら言うチハルさんとまったくの同意見だ。
「いわゆる『当事者意識』ってやつなんですけどね。『ウチの会社』って言う人は、会社のことを自分ごととして考えてる証拠なんですよ」
「いや、でもめっちゃ無意識に言ってたんですけど……」
「だからすごいんですよ!」
「あと私、事務だし。会社の当事者意識なんて……」
「事務職って、縁の下の力持ちですよ! 須藤さんみたいな当事者意識の持ち主が、営業部の2つの課を横断して支えてるなんて、会社の宝だと思います!」
「いやぁ……どうでしょう……そもそも私、出世するコースにいませんし」
「だからすごいんです! 自分に利があることに意識が向くのなんて当たり前です! それなのに、今目の前にその実利がないのに、日々営業部を支えながら、そんな当事者意識を持ってるなんて、すごいじゃないですか!」
『あんたビジネス系の動画見すぎじゃないの?』
すみません早川主任。
チハルさんの気持ち、ちょっとわかります。
『あとこの子、そんなには支えてないわよ』
それは余計よ。
「っていうことだったんです」
早川主任は満足したようにパスタサラダを口に入れはじめた。
食べる姿も美人ではあるが、不思議と可愛い人に見えてきた。
「あの……早川主任って、なんでこの会社に入ろうと思ったんですか? 前はホテル、でしたっけ?」
「そうですそうです。仕事は、楽しくないわけじゃなかったんですけど、単に前の職場がなかなかに多忙だったので…………なんていうか……私生活を充実しつつ、給与も悪くないところに転職したかったので」
私生活の充実。
仕事が充実してるからこそ追いかけることができるものよね。
『こいつほんと輝いてるわね。目痛めそうよ』
確かに。
そう思って私も本格的に食べはじめた。




