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第9話 ハマチのヅケ 6/7

**********



 勤務終了後の更衣室で、ここみちゃんが言う。


「早川主任、めっちゃいい人ですね。ちょっと挙動可愛いし」

「そうね、ありがたいわ」

「でも、それとこれとは話が別ですよ?」

「どれとよ」

「山本課長の件です! 情が湧く前に決めといたほうがいいですよ! 勝負は」


 勝負。

 勝負下着。

 そうだパンツだ。



**********



 退勤後、いつもと違う駅で降りた。

 向かったのは生活圏内で最も近いショッピングモールの中のランジェリーショップ。

 店内でチハルさんが、フラフラと物色するように飛びながら言った。


『なんかさ、メイクにしろ下着にしろ、こういうのを楽しめる人種ってやっぱ陽キャというか、勝ち組よね』


 ほんとそう。


『まぁ、それはいいのよ。こっちに迷惑かけてこなければね。楽しめる人は楽しめばいいと思うわ。でも「楽しまないなんてもったいない!」っていう圧力はなんなのよ。どういう勢力なのよ』


 うん。


『しかもメイクも下着もお金かかるし、消耗品だし』


 うんうん。同意が止まらないわ。

 6時間前に肉棒がどうとか言ってた人とは思えないわ。


『でもほんと、似合うかどうかは別にして、ほんと可愛いの多いわね』


 チハルさんがわざわざ近づいてきて言ったので、チハルさんの方を見てうなずいた。


『あんたはどういうのが好きとかあるの? 可愛い系? セクシー系?』

「……」

『私も人間に戻ったら、一回下着買っとかないとね。妖精のときの癖でノーパンで過ごしちゃいそうよ』

「……」

『あんた、買いに来たんでしょ? もっとこう、ちゃんと物色しなさいよ』


 くっ……


 チハルさんがそう言いたくなるのもわかる。

 入店してから10分は経ったが、そう言われても仕方ないほど、ただただひとりで売り場を徘徊しているのだ。

 それ以外、どうしたらいいのかわからなかった。


『慣れてないものはしょうがないんだからさ、てきとうに絞って買いなさいよね』


 絞れたら苦労しないのよ。めっちゃ種類あるじゃん。


 ここしばらく、ユニクロ、GUにお世話になりすぎていたことを痛感した。

 可愛い下着に用がなかった、というのもあるが、「下着売り場の店員ガチャ」を引く気になれなかったのが大きい。

 派手な女を避けているうちに、可愛い下着からも遠ざかっていたようだ。

 私が今いる店内にも店員が4人いて、どれも華やかな、可愛らしい女性だった。

 どの店員も、どう見ても処女じゃない。

 堂々としていて、キラキラしていて、男なんかヨリドリミドリ、トッカエヒッカエ。

 今売り場にある、可愛い下着、セクシーな下着、どれも似合ってしょうがない、そういう人種だ。

 私も処女を捨てて、こういう人たちとは言わないまでも、これくらい堂々とした、立派な女になりたい。


『わ、見てこれ!』


 チハルさんの声で我に返った。

 そうだ。今は下着を選ぶんだった。


『お尻透けてるんだけど! 下着の本質としてはどうなのよこれ』


 ほんとだすごい。


『あ、Tバックにしたら? 哲雄好きそうじゃん』


 やめてよね。

 好きなのかな。


『Tバックは無理か、さすがに。じゃあ紐パンとかは? 可愛くてセクシーよ?』


 うん、そういうのを目指してるんだけどね。


『こういうお店の店員なんかは、こういうの着けてるのかしらねー』


 ……着けてそうだな。


『着けてるかどうかは別にして、似合いそうではあるわよね。ああいう人たち』


 ほんとそうね。

 下着も、それを着けてる人も、可愛いのよね。


『うーん、下着はさ、どれも可愛いんだけど、あんたは先に脱毛した方がいいんじゃないの?』


 妖精って殺したらどうなるんだろう。



 **********



 結局、40分もかかってしまった。

 なんとか力を振り絞って、おとなしめのデザインのものを2パターン買って店を、そしてショッピングモールを出た。

 モールと駅は連絡通路でつながっているので、信号を気にせず歩くことができる。

 連絡通路を吹き抜ける風が冷たい。

 もう12月だ。

 午後7時。外は随分前に暗くなっている。

 いつもならすでに夕食を食べ始めている時間になってしまった。


『いいお店だったじゃん。店員も可愛いし』

「そうねー」


 周りに聞こえないように小さな声で答えた。

 可愛いかどうかは別にして、店員の接客も抵抗のあるものではなかったので、これくらいの精神的消耗で済んだのだ。

 手に持った紙袋がやけに重く感じる。

 下着2セットなのだから、そこまで重いはずがないのに。

 片方は紐パンにした。


『よーし、帰ったらストリップショーしよ』

「ファッションショーでしょうが」


 12月の空気は冷たかったが、それが気持ちいい。

 数キロ走ったかのような疲労を、風が拭き取ってくれるようだった。

 自覚している以上に、さっきの店ではかなりのストレスがかかり、それを乗り越えたようだ。


 早く家についてホッとしたい。

 この落ち着かない荷物を置きたい。


 疲れた体を引きずるように歩いて、数分で駅についた。

 通勤で乗り降りする駅ではないが、たびたび利用する駅。

 改札の前に、小さな食料品店があるのが見えた。

 普段使うことはない、やや高級志向のスーパーだ。


『あ、ねーねー、あそこ寄ろうよ』


 チハルさんが言うと同時に、私も寄りたくなっていた。

 その店は、生鮮食品だとスーパーほど多くはないが、総菜類やつまみ類が高クオリティで、種類も豊富なのだ。

 作るのが面倒で、でもコンビニでは済ませたくないとき、ちょっと贅沢したいときなどは、立ち寄りたくなる店だった。


「行ってみよっか」


 外なので声に出してチハルさんに言う。

 今日は12月1日。

 月末が給与の振込日なので、そういうときに気持ちよく、こういう店を使いたい。

 それにもう7時を回っているので、さっと食べられるものを買って帰りたい。


『わーい! 生ハム買う? スモークサーモン? オリーブ? チーズ? いいサラミ?』


 いちいち私とツボが一致するんだよね、この人。


『ワインは? いっちゃう?』


 チハルさんにきかれて、野沢との一件が思い出された。


「それは、やめとく」

『まぁまだ火曜日だしねー』

「須藤さん?」


 目の前にいた男の人に声をかけられた。


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