第9話 ハマチのヅケ 2/7
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ここみちゃんとふたりで更衣室を出て、自分のデスクについた。
事務所はまだ始業前でざわついている。
あいさつを交わす人、ニュースサイトに目を通す人、コーヒーを淹れる人。
その中にあって、私の頭の中はさっきの話題でいっぱいだった。
……どんな人が来るにせよ、鍵は歓迎会ね。
ここみちゃんの話では、その新しく入る人は、営業部に配属されるらしい。
営業部は1課と2課で別れてはいるが、矢野部長による取りまとめのもと、ほぼひとつのチームとして動いている。
だからこそ、2課に所属している私もここみちゃんも、1課の事務方の仕事をすることがあるし、逆ももちろんある。
営業部に新しい人が来るんだから、歓迎会は当然みんなでやるでしょうね。
歓迎会という、基本的には部署の全員が参加することが望ましい集まり。
部署としてはできるだけ人数が多い方がいいが、何週間も後になれば「歓迎会」という意味合いがなくなる。
それにもうすぐ年末なのだから、月末に近づくにつれて出席率は下がる。
早ければ今週中には開かれるだろう。
デスクにつくと、となりにいるここみちゃんには聞こえない声でチハルさんが言う。
『うし。じゃあ誰行く? やっぱり山本課長?』
まぁ、正直一番そうなってほしいのは、山本課長なのよね。
ていうかそれ以外の男性社員のことはあんまりわかんないし。
始業前のざわつきの中、少し離れたところを、山本課長が歩いているのが見えた。
織柄が入った黒のスーツを着ている。
細くなく、かと言って肥満というわけではない体格。
身長は、平均よりもやや上くらいだろうか。
確か30前半。同じ年の頃の男なら極端に小ぎれにするか、外見に無頓着に走るかのどちらかだと思うが、その間の良いバランスではある。
こっちが頑張らなくても向こうから言い寄ってくるなら大歓迎なのよ。
山本課長はデスクの椅子に座ったようで、こちらからは見えなくなった。
そして見えなくなった空間のすぐ近くを、勝村課長が歩いている
今日もにこやか。いつもと変わらないせいか、職場で交わすあいさつも軽薄そうに見える。
勝村課長は営業1課で、山本課長は営業2課。
休日はふたりで遊びに行くほど仲が良いが、雰囲気は正反対だ。
こっちはもう彼女いても来そうだから来るなら来い。
『勝村は彼女いても手出してくるタイプよ、きっと』
そうね。
頭の中で同意した瞬間、勝村課長と目が合った。
そしてそのままこちらに歩いてくる。
いや、今手出されても困るんだけど。
勤務中だし。
勝村課長がハキハキと話しかけてきた。
「おはようございます。瀬田さん、須藤さん、知ってます? 新しい人来るって」
「えっと、はい、なんか、噂で」
ここみちゃんよりも私の方を向いて言っている気がしたので、つい答えてしまった。
すぐにここみちゃんが続く。
「私も、噂なら聞いてますよ」
「なら話は早いね。一応2課の所属っていうことになんで、いろいろと教えてあげてください」
「はい」
「はい」
『なんで1課のあんたがこっちに言うのよ』
チハルさんが聞こえない声で勝村課長に噛みつく。
直後に、矢野部長の声がフロアに響いた。
「みなさんおはようございまーす」
フロアにいる全員が矢野部長の方を見た。
営業部部長。55歳。
清潔感があり、言葉遣いも仕事ぶりもスマートだが、私は苦手。
その矢野部長の隣に立つ、ひとりの女性。
ベージュのセットアップ、白のシャツ。ややブラウンのセミロング。
美人だった。
くっきりとした目鼻立ちとそれに合わせたメイクは、よく言えば凛々しくて、悪く言えば気が強そう。
「始業直前に申し訳ない。できる人は少しこちらに注目してください。」
ほぼ全員が立ち上がり、矢野部長と隣の女性を見る。
気の早い取引先からの電話応対を始めている数名は小声で話している。
「今日から営業部に配属されることになった新入社員を紹介します」
その女性はフロア全体を見渡し、深く一礼した。
「早川さんです。では簡単に自己紹介をお願いします」
「はい」
女性はそう言うと、一歩前に出た。
ウェーブがかった髪が揺れた。
良い匂いがしそうだった。
だがその一歩前に出る行為が、気の強さの表れにも見えた。
「早川理央と申します。前職ではホテルの宴会営業の業務に携わっておりました」
堂々と、ハキハキと、それでいて、にこやかに。
私にはできない芸当だ。
「わからないことだらけではありますが、1日も早くみなさんと肩を並べて働けるよう努めてまいります。ご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします」
言い終えて一礼すると、フロアから拍手が起こった。
拍手がおさまりかけたとき、矢野部長が声を上げた。
「早川さんの配属は営業部営業2課。前職のキャリアを鑑みて主任となります」
うっ。直の上司か。
気道につっかえたものを感じた。




