第8話 鶏むねチャーシューと手羽唐 4/4
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最寄り駅で電車を降り、改札を出て、駅の外に出た。
スーパーは20メートル先にある。
大きなスーパーではないが品揃えはかなり豊富な方だと思う。
帰り道での買い物をこのスーパーでして、困ったことは一回もない。
店の大きさに対して品揃えが豊富。そのせいかもしれないが、売り場を縦横に走る通路はかなり狭く、歩き回りにくいことこの上ない。
もうちょっと広かったらいいんだけどね。
スーパーにはまだ入っていないが、今日ここで買うものについて考えていた。
トレーニング終わったばっかだから重いものは持ちたくないなぁ……
お酒は、あと2缶あったからここで買わなくていいか。足りなくなったらコンビニ行こ。
考えながら店にどんどん近づく。
人の出入りはさほどない。
平日の夕方に比べたら、今は土曜の正午だから、空いている方なのだろう。
これならパパッと買い物済ませられそうね。
『なんか今日、ひと少ないじゃん』
ほんとだねー、と声に出して答えてもよかった。
表情をつけたり、大きな声を出したりしなければ、道行く人に怪しまれることもない。
けれど、できなかった。
そのとき私はあるものに目を奪われていたからだ。
……あれって
スーパーの入口、そこからすぐ近くに停めてあるトラック。
荷台からおろしたのだろう、大きなダンボールを抱えて、店の中に入っていく作業員の男。
配送ドライバーというやつだ。
季節外れの半袖のシャツからは上腕二頭筋が覗いている。
その先の前腕は太く、丸太を彷彿させた。
大胸筋は、シャツの上からでもわかるほど盛り上がり、彼の荒い呼吸に合わせて上下していた。
その瞬間、体中に桃色の電流が走った。
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「ありがとうございましたー」
閉じかける自動ドアの奥で、店員が声を上げていた。
私はそれを背中で受けて、右手で持ったエコバッグを持ち直した。
『わっかりやすいわねー、あんた』
「なにがよ……」
声と性欲を抑えながら返事をした。
チハルさんは私が持つエコバッグの中を覗きながら言う。
『さっきの配送のお兄さんでしょ? えっとぉ……鶏むね肉に、手羽元、手羽先。たくましい腕と胸に抱かれる想像したのね?』
「うるさいわね! ちゃんとブロッコリーと梅干しも買ったでしょ?」
『あんたほんと、こんなに性欲でごはん決めてていいの?』
「き、決まるんだからいいでしょ?!」
『そ、そうね……いや、そうなの?』
「時間かかる料理と揚げ物だから、今からやるのに都合いいのよ」
『今からやるのはオナニーでしょうが』
なぜこの人はこんなに鋭いのか。
『なに図星つかれた顔してんのよ。わかるに決まってんでしょうが』
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『んで? なに作るの?』
12時20分。すみやかにオナニーを終わらせ、キッチンに立つ私に、チハルさんが顔の横で聞いてくる。
「えっとね、鶏むねチャーシューと、手羽唐ね」
『ふーん。手羽唐って、手羽先と手羽元、両方使うの?』
「……うん」
さっきの人の上腕も前腕も、どっちもよかったからな。
『どっちもよかったのね……』
「ほ、ほっといてよ!」
『まぁいいわ。ほんで? なにからするの?』
「じゃあ、最初は鶏むねチャーシューから作ろうかな」
『ふんふん。まずは大胸筋にかぶりつくわけね』
鶏むねチャーシュー
鶏むね肉1枚をそのまま使う。
てきとうにフォークで刺し、チューブにんにくやチューブしょうがをてきとうに揉み込む。
それをジッパー付きの耐熱ポリバッグに入れ、さらに醤油、オイスターソース、豆板醤などをてきとうに入れる。
ポリバッグからできるだけ空気を抜いたら、熱湯とともに炊飯器に入れる。
炊飯器の蓋をして保温。1時間、念入りにするなら2時間くらいでできあがる。
炊飯器の蓋を閉じた私にチハルさんが言う。
『こんだけ? これでチャーシューになるの?』
「なるの。最初は私も疑ってたけど、大丈夫よ」
『すごいわねー。私も憶えてたらやろうかな』
「憶えられるでしょ、これくらい。そもそも作り方てきとうだし」
『あぁ、そうじゃなくてね。私が人間に戻ったら、妖精のときの記憶も消えちゃうのよ』
そうなんだ。
「え、でも前は、元に戻ったら憑いてた人の処女喪失の経験を活かして処女捨てるんだー、みたいなこと言ってたじゃん!」
『うん。そういう記憶とか、ノウハウ? テクニック? みたいなのは持ち越せるんだけど、こういうたわいもない日常の思い出なんかは、忘れちゃうんだってさ。要は、妖精だったことを憶えてられないってことよ』
そうなんだ。
「……そうなんだ」
『そりゃそうよ。だって、こんな経験したこと憶えてるやつが世の中にたくさんいたら、嫌でしょ?』
「ま、まぁ、そうかも。え、ていうことは、私の方の、チハルさんと過ごした記憶も?」
『んー、まぁそうなんじゃない? その辺は運営から聞かなかったけど、片っぽだけ残してたら、片っぽ消す意味ないじゃん』
「ま、まぁ、そうね」
そうだけど……そうなのか……
ふたりで飲んでしゃべったりするのは、けっこう楽しかったんだけどな……
『まぁ、私としては、あんたみたいなのが憑く相手でよかったわよ』
ちょっと、やめてよ。
なんかグッと来るじゃん。
「そうね……なんだかんだ、気は合ってる気がするし」
『うんうん』
気を取り直して、唐揚げにする肉に下味をつける作業を始めた。
手羽元と手羽先、どちらも骨に沿って包丁を入れ、下味を染み込みやすくすると同時に、揚げたときの火の入りを良くする。
下味は醤油、料理酒、チューブにんにく、チューブ生姜。
しっかり揉み込んだ肉に片栗粉をまぶしたところでチハルさんが声をかけてきた。
『でもさー』
「なに?」
『いや、さっきの話ね。気が合うって言ったら、ここみちゃん? あんたとはタイプが違う気がするんだけど、それでも仲いいんだね』
「んー。うん、そうだね。なんか、一緒にいて楽だし」
『あんたとはずいぶん差がついてそうだけど?』
「そう思わせない雰囲気があるの! ここみちゃんには!」
言い返した大きな声に、肉を揚げ油に入れたいい音が重なった。
『あー、いいわねーこの音』
「ほんと幸せそうよね、チハルさん」
『まぁ、この1年は私がどう頑張ろうがあんた次第なんだからね。誰からも責められない無職タダメシニートを楽しむわよ』
うらやましいと思ったら負けだ。
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1時間後、すべての料理が完成した。
キッチンに置いたスマホで動画を見ながらのんびり作業したため、けっこうな時間がかかってしまった。
鶏むね肉のチャーシュー
手羽先と手羽元の唐揚げ
ブロッコリーのおかか梅肉和え
味付け煮卵
冷奴
水菜とトマトのサラダ
チハルさんとお気に入りのアイドルの動画を見ながら、昼飲みは昼寝をはさんで晩酌へと続いていった。
第8話 おわり




