第1話 子持ちシシャモ 4/6
電車に乗り、4駅分を立って過ごした。
揺れながら立つことはそれなりに疲れるが、今日はそれどころじゃない。
プシュー
ドアが開き、電車を降りた。
それでもなお、体にはまだ桃色の電流の余韻があった。
男性に申し訳なさそうな顔を向ける女性。ベビーカーを持つ男性。男性の腕。首筋。耳のかたち。
あぶなかった……
駅の階段でイっちゃうかと思ったわ。
またひとつ誰にも語ることができない武勇伝ができるという最悪の事態は避けられたものの、情欲がおさまったわけじゃない。
駅の改札を通り、自宅を目指し歩きはじめる。
無表情になることで、爆発的に高まった性欲を必死で抑えていた。
今日の自家発電は一層はかどりそうだわ……
30を目前に、まさかここまで性欲を持て余すようになるとはねぇ。
誰かあたしを抱くやついないのかよ抱けよ。
駅前ロータリーに隣接するスーパーマーケットが目についた。
まぁ、それはそれとして、晩ごはんの材料を買わずに帰るわけにもいかないのよね……
そうだ、久しぶりにやってみるか。300円晩酌。
このゲームのルールは単純だった。
一、酒とつまみ、一人前コミコミで300円。
二、300円を多少超えても気にしない。
三、できるだけいろいろ食べる。
その目標を立てて、ロータリーをぐるりと回って、駅前のスーパーに入った。
ロータリーって聞くといっつもドキッとすんの私だけじゃないわよ絶対。
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「いらっしゃいませー」
入口で買い物カゴを取り、野菜コーナーの「お値打ち品」から物色を始めた。
ここは必須だ。
300円で酒も込みで晩酌するのだから、値引き品を見落とすわけにはいかない。
目に留まったのは万能ネギ。半額で98円。
数字を視認した次の瞬間には、その万能ネギは買い物カゴに入っていた。
おそろしく速い動き。私でなきゃ見逃しちゃうね。
この一袋で冷奴の上の薬味としては20回分は取れる、と瞬時に計算していた。
今日寝る前に全部小口切り且つ小分けにして冷凍する手間を惜しむような輩に半額野菜を買う資格なんてない。
その覚悟なくして傷みやすい半額野菜を手にするわけにはいかない。
値引きになっていない野菜コーナーには、めぼしいものはなかった。
すぐにキノコ類がある棚が彼女の目の前に来た。
ここにも特に「お買い得」というものはなかった。
豆腐などの加工品コーナー。絹豆腐を手に取る。1丁80円。値引きはなかった。
四分の一にするとして1回の冷奴が20円。
ネギを乗せて25円。倍量食べても50円。
うん。買いね。
買い物カゴに入れた。
次に回るのは魚コーナー。
半額刺身があれば……
モノによるんだけど、ほぼ間違いなく戦利品になるのよね。
だが今日は別のモノが目についた。
子持ちシシャモ。
400円が半額で200円。8尾入っているので1尾25円。
ん~、1尾だけじゃ満足感ないし、絶対その倍は使うよね……
300円晩酌という縛りの中で、1品がシシャモ2尾で50円。そんなにかけて大丈夫だろうか。
お酒だけでも110円するから、そこまでお買い得ではないような気がする。
子持ちシシャモに貼られた半額シールが誘惑する。
もちろん視界には、他の半額刺身がきちんと入っている。
んー……
半額なら、いいかもなー。たまにはシシャモも。嫌いじゃないしさ。
シシャモのパックに手を伸ばしながらも思考は止まらなかった。
でもどうしてこんなにシシャモが気になるのだろう。
そんなに好きでもないのに。
もちろん嫌いじゃない。
子持ちシシャモは、酒のアテとしては、間違いない。
子持ち。
あ、そっか。さっきの、ベビーカーの。




