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第7話 あさりの酒蒸し 1/5


 

 29歳OLの須藤珠美は「30歳の誕生日を迎えるまでに処女を捨てなければ妖精になる」という運命の元、残り1年を妖精チハルとともに過ごすことになった。

 仕事でもプライベートでも男運に恵まれるが、ロストバージンが近づいているのか遠のいているのかはわからない。

 そんな1週間が終わる頃、珠美の部屋のインターフォンが鳴った。


 **********



 ピンポーン


 土曜日の午後5時。

 映画館でひと悶着あり、これから自宅でチハルさんと晩酌を始めようというときに、インターフォンの音が部屋に響く。


「はいはい」

『あ、こういうのに返事するタイプなんだ?』

「え? しない?」

『しないわよ。私は姿も声も消してるから、早く済ませて食べよ』

「そうね」


 チハルさんは私以外の人からは認識できないように、姿も声も消せる。消せるのであって、消さなければ丸見えということになる。


 ややこしいんだよね。どうせ憑くなら最初っからほかの人には見えないようにしてよ。


 思いながらインターフォンのモニターを見に行く。

 衛生用品やトイレットペーパーなど、買って帰る姿を見られたくないものは基本的にネットで買うので、宅配はいつ届いてもおかしくない。

 しかしモニターに映るのは、おかしな人物だった。


「あれ? え?」

『どしたの?』

「な、なんで?」

『なによお』


 チハルさんが私の顔の横まで飛んできて、一緒にモニターを見た。

 見て、なにも言わず首をかしげている。

 私は通話ボタンを押して、話しかけた。


「ちょっと、え? 野沢? どうしたの?」

『ごめんねー! 急に。近くまで来たもんだから、ちょっと、会いたくなっちゃってさ』


 モニター越しの彼女は照れくさそうに笑っている。


「そうなんだ。えらい急だね。まぁ、いいけど。じゃあ、開けるから。611だよ。あ、わかってるか、部屋番号押したんだから」

『うん。ありがとう』


 端末の「終了」ボタンを押すと、チハルさんが話しかける。


『誰?』

「高校のときの友だちだよ」

『ふーん。よく会うの?』

「いや、年に1,2回だよ。基本外で会うし。だからびっくりした」


 29歳になった今も、お互いに誕生日プレゼントを送り合うのは続けているし、連絡は取り合うが、基本的にはそれだけだ。

 お盆や正月の連休に、会うか会わないか相談する、それくらいの頻度だった。


『ちょっと! 今来たってことは、私のご飯は?』

「あ、そ、そうだよね……どうしよ……」


 キッチンには皿に盛り付けた料理が並んでいて、あとはリビングのローテーブルに持っていくだけだった。


 今日のメニューは、まぐろの山かけ、だし巻き卵、焼き厚揚げ、キノコのマリネ、ごぼうとレンコンのきんぴら、あさりの酒蒸し


 夕食と作り置きを兼ねて多めに作ったので、野沢とふたりでも足りないということはなさそうだ。

 これらを、まさに今からチハルさんと食べようとしていたところでの来客だった。


『どうしよって……ちょっとあの子、外で待たせててよ! 10分くらいでいいから!』

「そんなのできるわけないでしょ!?」

『私は何回あんたのフィニッシュを外で待ったと思ってるのよ!』

「そ、それは……」


 それは本当に申し訳ないし、ありがたい。


「じゃ、じゃあさ! ちょっとずつお皿に盛ってここに置いとくから、それ食べて! 私たちはリビングで食べるから!」

『えー!』

「ほんとごめんって! ていうかさ! こういのも妖精になっちゃったペナルティーなんじゃないの?! 1年あったのにチャンス活かせなかった罰じゃん!」

『くっそぉ……急に強気になったわね……』


 ピンポーン


 野沢が部屋の前まで来た。


「ほら! もうそれしかないから! 今日は諦めて! 姿出さなきゃ部屋のどこにいてもいいから!」


 チハルさんの返事を待たずに玄関に向かった。


『わかったわよぉ』


 チハルさんが諦めて受け入れた。


 ごめんね、チハルさん。

 悪いとは思ってるのよ。

 こんな急に来るなんて……そうよ。こんなに急に来たりする子じゃないわよ、野沢は。

 なんかあるのよ。


 ドアを開けると、野沢が立っていた。


「ごめんねー、珠美、急に」

「ほんと急だよ。どうぞ」

「ありがとう」

「あのさ、今からご飯するとこだったんだけど、食べる? つか飲む?」

「いいの?」

「うん。多めに作ったから。明日も部屋で飲むしね」

「いいねー」

『つまんないー!』


 リビングに入る私たちの背中に向かってチハルさんが私にだけ聞こえる声で叫んだ。




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