第6話 まぐろの山かけ 3/7
声がした方を向くと、山本課長がいた。
驚いた表情でこちらを見ている。
『わー! すごいじゃん!』
チハルさんは私から結構離れていたが、そこからでも聞こえる歓声をあげた。
す、すごい……けど……
驚く私を、驚いた顔の山本課長が見ている。
しかし、私にとっては驚きが二重だった。
ひとつには、土曜日の映画館で、山本課長とばったり出くわすという奇跡的な偶然。
そしてもうひとつ。
それは、私を呼び止めた先ほどの声が、山本課長のものではなかったからだ。
「な? やっぱり須藤さんだろ?」
山本課長の陰になって見えなかった空間から、もうひとりの男が顔を出した。
笑顔でこちらを見ている。
「勝村課長!」
「……山本もいます」
「あ、そうだった」
「わはははは! 拗ねんな拗ねんな」
「ご、ごめんなさい! そうじゃなくて! な、なにしてるんですか? こんなところで……」
なにを聞いてるんだ私は。
映画館だぞ、ここ。
「なに聞いてんの? 映画館だよここ」
勝村課長は極端に冷たい言い方をしたあとに、ふざけるように笑った。
「すみません……映画、観るんですよね?」
「うん」
山本課長が、少しだけ笑って、答えた。
服装も言葉遣いも、とてもカジュアルなものだった。
普段会社で見るようなスーツとは全く違う。
ナイロン素材のスポーティーなパーカー。
シンプルなデニムパンツとスニーカー。
大きめで無骨なリュック。
あぁ……すっげぇいい……
その瞬間、体中に桃色の電流が流れた。
やば。
「須藤さんは、なに観るの?」
私の焦りに気づくわけもなく、山本課長が聞いてきた。
いつものビジネスライクな敬語とは違う、まるで友達を相手にしているかのような話し方。
もちろんいい大人なのだから、職場かそれ以外か、TPOに応じた言葉遣いというのは心がけているだろう。
使い分けているという事実が、また、たまらなくいい。
くぅ。
「えっと……私は……決めてなくて」
「へー、ぷらっと観に来た感じ? 意外だね」
笑顔で言う勝村課長は普段から親しげな話し方をするので、あまりギャップが感じられない。
服装は、というと、雑誌で見るような流行を押さえた、清潔感のあるもので、とても感じの良い見た目だが、なぜかそれがまったく魅力的には見えない。
鼻につく、とまでは行かないが、なぜか惹かれない。
でもこれはこれで、山本課長と並ぶと、良い組み合わせなのよね……
缶詰のつまみの横に、ちょっと高いクラフトビールが並ぶような、正反対なのに妙に相性がよさそうな組み合わせ。
「そ、そうですかね……たまに、しますけど……そうだ! 山本課長と勝村課長は? なにを観に来たんですか?」
ふたりのペースにならないように、とりあえず質問をした。
質問をしたあとに、改めて本音の疑問を口にした。
「ていうか……ふたりで、映画、観に来たんですか?」
「そうだよ」
勝村課長がさらっと答えた。
「な、仲いいんですね……」
「悪そうに見えた? だったら山本のせいだよ」
「ち、違います! そうじゃなくて……」
あまりにも非日常なシチュエーションに、まだうまく話せないでいる私に、山本課長が言う。
「……職場の男ふたりで映画観に来てるのが、変なんでしょ?」
いえ……すごくイイです……
「へ、変っていうか、あんまりそういうの聞いたことないので……でも、仲良しなのは素敵だと思います」
言いながら、チハルさんを目で探した。
助けを求めたわけではないが、気づけばとても静かだったので、どうしているのか気になった。




