第5話 ごぼうとレンコンのきんぴら 5/5
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【300円晩酌】
半熟煮卵、2個60円
ごぼうとレンコンのきんぴら、120円
冷奴にネギショウガめんつゆ、30円。
焼酎ハイボール1本、110円
合計320円
うん、我ながら、いい出来だ。
ごぼうとレンコンのきんぴらには、仕上げに糸唐辛子をそっと乗せた。
醤油とみりんのツヤツヤとしたブラウンに、鮮やかな赤が見事な差し色になっている。
料理を仕上げる私の丁寧な手つきを見てチハルが横槍を入れてきた。
「なんか見た目にこだわってるけど、性欲と食欲を同時に満たしてるだけよね、あんた」
「……人聞きの悪いこと言わないでよね」
反論したが、まったくの的外れではない。
「図星でしょうが。ささがきごぼうを針に見立てて、レンコンはボタンね。それに糸ってか……ここまで忠実に欲情を晩酌に反映できるのはある意味感心するわ」
「美味しそうなんだからいいでしょ! あんまり言うとチハルさんにあげないよ?」
「またまた~」
山本課長が慣れない手つきで糸と針を持つところを想像したら、料理を作る手が止まらなかったのだ。
やや浅黒く大きな手が、指が、糸をつまむ。
親指と人差し指で優しく糸を挟み、糸の端を舐める。
湿った糸の端を指でこすり、尖らせる。
糸の先をゆっくりと針の穴に近づける。
優しく繊細な手つきとは裏腹に、眼差しは力強く真剣だ。
糸を通した針を持ち、ジャケットとボタンに糸を通す。
ときに丁寧に、ときに強引に。
緩急をつけた手の動きが、ボタンをジャケットに固定していく。
針を布に通しおわり、余った糸を歯で嚙みちぎる。
くぅ。
「ごめん、ちょっと、10分くらい出てくれない?」
「またぁ?! もう外寒いんだからさ、スマホで動画見ながらトイレで待っとくから、それでいいでしょ?」
「ごめん、ありがとう!」
トイレの便座を閉じ、カバーの上にスマホを立てかけた。
チハルさんがトイレに入ってくれたので、扉を閉じ、ベッドへ向かった。
これはちょっとほんと、体と心に毒だ……
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「あのさ、チハルさん」
「なに?」
金曜日の晩酌も終わるころ、ある疑問をチハルさんにぶつけてみた。
「たとえば、なんだけど……風俗とかで、処女捨てたら、それはオッケーなの?」
「……そこまで思い詰めてるの?」
「ち、違うわよ!」
そう。断じて違う。
そこまで切羽詰まってはない。
だが、今日の退勤間際の女性社員の振る舞いを見て、多少焦ったのも事実だ。
あれができる29歳と、できない29歳。
あいつの歳は知らんが。
ああいうことができるのと、できないのとでは、今後の人生が全く変わってくるはずだ。
する、しない、が問題なのではない。
できる、できない、が問題なのだ。
「そうじゃなくって……30歳まであと何日ってなって『妖精になるのだけは避けたい!』ってなったら、そういう緊急回避的なことができるのかな、って思ったの」
「あー、なるほどね」
「素人童貞とか、言うじゃん? 素人処女っていうのがあるのかどうかわからないけど」
「どうなのかしらね、そういえば」
「ルールに書いてない?」
「待ってねー」
チハルさんは言いながら懐から紙をゴソゴソと取り出し、広げた。
「えっとねー……あ、ダメだって」
「そうなんだ……」
「うん。『30歳までに初めての性交を終えなければ女は妖精、男は魔法使いになり、29歳を迎えた性交未経験者に憑くことになる。なお、プロとの性交・プロとしての性交は認められない』だってさ」
プロ。
誰が書いたのよそれ。
「あ! でも聞いて! いますごいことに気づいた! 性交としか書かれてない!『異性との性交』とは書かれてない! これって同性であっても認めるってことよね?」
「……そうね」
……なんにせよ、お金を払う側でも貰う側でもダメってことね。
「がっかりしてんの? お店じゃだめってわかったから」
「うーん。一瞬がっかりしたけど、なんか安心したわ」
「そうなの?」
「うん。だってこれで血迷って女性用風俗とかに走る可能性がなくなったってことだから」
「なるほどねー! いい考え方ね!」
チハルさんの声色は妙に明るい。
励まそうとしてるのかもしれない。
何にしても、これで1週間が過ぎ去ったわけだ。
あと51週ある。
そんで男はラスト1年、魔法使いに憑かれることになるわけね。
第5話 おわり
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