第4話 長芋短冊 6/6
「あ、そうだ、珠美。そう言えば、言ってなかったんだけどさ」
「? なに? 改まって」
チハルさんがテーブルの上から話しかけてきた。
ティッシュ箱に座り、日曜日に買ったミニチュアの食器で飲み食いしている。
「妖精はさ、憑いてる人以外の人には、姿も声も消せるって言ったじゃん」
「うん。そうすれば、ほかの人には認識できなくなるんだよね?」
そうでなければ会社になど連れていけない。
「うん。でもね、妖精同士はずっと認識できるままなのよ」
「は?」
間抜けな声が出てしまった。
「え、わかんない?」
チハルさんも間抜けな声で言ってきた。
「いや、なによ? 妖精同士って」
「だから、私が姿を消してるでしょ? そのときはほかの人には見えないんだけど、ほかの人に妖精がついてた場合、そのついてる妖精が私を見たときに」
「ちょっと待って! ほかの人にも憑いてるの?」
「そうよ? なにかおかしい?」
おかしいでしょ。
こんなことが世の中で起きてるの?
いや、おかしくないのか?
「おかしくないでしょ? セックス未経験のまま30歳になろうとしてる人なんて、珍しいかもしれないけど、いなくはないでしょ? あんたみたいにただ暗いだけのことを『出しゃばらない控え目な美徳』と思い込もうとしてるような痛いわね! 羽根握らないでよ!」
妖精を手から解放したものの、頭はまだ混乱していた。
混乱はしていたが、嫌なひらめきが頭に浮かんだ。
「あのさ、チハルさん」
「なによ」
羽の根元をさすりながら彼女がこちらを見る。
「チハルさん、今その話をするってことは、今日会社で会った人にも」
私の言葉の途中で彼女は手で「ストップ」と示してきた。
「あ、待って。それ以上は聞かないで」
「は?」
「だから、私が言えるのは、さっき言ったところまでなのよ」
えっと、よくわかんない。
「妖精同士がどう見えるとか見えないとか、そういうルールについては言えるの。だけどね、ほかに妖精が憑いていそうな人が絞られてしまうようなことは言えないの。『誰々に憑いてる』って教えるなんて論外なのよ」
「え、でも今それ言ったら絞られない?」
「職場にいるとは言ってないわよ。もういいでしょ? これでも結構ギリギリかもしれないんだから」
「えっと、それは、そういうルールがあるの?」
「あるの」
「破ったら?」
「罰則らしいわよ。えーと、ちょっとルール確認するわね」
チハルさんは言いながら懐から1枚の紙を取り出した。
「覗かないでね。えーっと、憑いた人を教えたりほのめかしたりしてはいけない。破れば第2級罪。だそうよ」
「……デスノートみたいね」
「あ、あるわよ、ノート」
「そうなの?!」
「うん。これよ」
彼女はルールが書かれている紙を懐にしまい、同じところから1冊のノートを取り出した。
一見、何の変哲もないノートだった。
「それが、妖精の、ノート?」
「そ。ちょっとセックスしてもよさそうかなって思った男の人を見かけたら、その人の特徴を書いているの」
「なにそれ」
「オスノートでも言うのかしら」
「……それは、チハルさん個人がやってることよね?」
「? そうだけど?」
くそ。
妖精は鼻歌を歌いながらノートをペラペラとめくって走り読みしている。
妖精になってから今まで見かけた男のことを思い出しているのだろうか。
「はぁ……」
どっと疲れた。
チハルさんは濁したが、今日のこのタイミングで言ってくるなんていうことは、私の身近に、私と同じように妖精に憑かれてしまっている女がいるということだ。
……で、その人は29歳、私と同い年なんだよね。
災難だなその人も。
「あんま気にしないでね。どこにいてもおかしくないってだけだから」
第4話 おわり




