第1話 子持ちシシャモ 2/6
17時10分。
退勤時間がすでに過ぎていた。
「お先に失礼しまーす」
となりのデスクの同僚、ここみちゃんと一緒に席を立ち、更衣室に向かった。
「今日も平和でしたね」
私よりも背が低いここみちゃんが言う。
うーん、ここみちゃん、今日もかわいいわー。胸もでかい。でもそれを鼻にかけたりはしない。天使ね。巨乳の天使。
どんなパンツ履いてるのかしら。あ、更衣室で見れるわそういえば。
「ほんと、平和だったねー。平和が一番よ」
「ですねー。あ、須藤さん、あのですね」
ここみちゃんは私よりも先にいまの職場にいるが、年下ということもあって、出会ってから1年、ずっと敬語で話している。
「なに?」
「今度行きたいお店見つけました! 一緒にいきません?」
やだかわいい。
「へー! 何系?」
「えっと、何かな、写真アップしてて……イタリアン系、ですかね? あ、創作イタリアンって、書いてます」
「いいねー行きたい」
……それにしても、お酒も飲めて胸もでかいこの子に、なんで彼氏がいないのかはさて置き、この子にいないなら私にもいないのは不思議じゃないわね。
ふたりで更衣室に入ると他の部の事務員がすでに数名いて、着替えを始めていた。
「おつかれさまでーす」
「おつかれさまでーす」
形式的ではあることは明白だが、にこやかに言い合う。
このやり取りは、決して親密ではないが敵でもない、ということをお互いに確認するためのあいさつだ。
2,3人の塊になってそれぞれのグループでおしゃべりしている。
「でもここみちゃんさ、お店見つけるのうまいよね。こないだの南区のお寿司屋さんも、おいしかったじゃん」
「そうですかね。暇さえあれば、そういうSNS見てるからかも」
「ふーん。でもさ、そういうとこにひとりで行ったら、男から声かけられない?」
だって、私が男だったら声かけるもん。
「だから一緒に行ってほしいんです!」
「あ、そゆことね」
着替えを済ませて、いくつもの会社が入るオフィスビルをふたりで出た。外は薄暗くなっていた。歩いていると、ここみちゃんが口を開いた。
「この時間にもう暗いと、『あー、これから冬になるんだなー』って思いません?」
「あ、それめっちゃわかる」
大通り沿いの歩道をふたりで歩いている。
帰宅ラッシュはまだ本格化していないが、私たちと同じような退勤時間の会社員が道にはたくさんいた。
道行く人をぼんやり眺めていると、ここみちゃんが話を続けてきた。
「そうなると、もうお鍋のこと考えちゃうんですよねー。『あー、美味しい季節だなー』って」
「いいよねー、部屋あったかくしてさ、熱々のお鍋と冷たいビールで」
「ビールですか!?……リッチ」
「発泡酒よ。言わせないでよ恥ずかしい」
「ですよねー、私もです。ていうか最近発泡酒すら高く感じますよね。あ、じゃあここで」
気づくと大きめの交差点に着いていた。ここには地下鉄の駅へと下りる階段がある。
「うん、またね」
「おつかれさまでーす」
ここみちゃんは階段を下りて行った。もう少し歩いたところにある別の路線が、私が通勤で使う電車だ。この交差点からでも、その路線の駅が見える。
鍋か……
考えている間に、駅に着いた。




