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第1話 子持ちシシャモ 1/6

「ちょっと! どういう出し方なのよ! ぐぁっ! くっさ!」


 これは……なに?


 深夜、自室の床に出したばかりのゲロの中から、妖精が抗議している。

 可愛らしい服を着た、可愛らしいサイズの、少女とは言えなさそうな年齢の妖精。


 なんなのこれ……

 なぜ私のゲロから妖精が生まれるの? いや、私から妖精が出たの?


「ったくもー……あんたさー! 今日がどういう日かわかってんの?」

「え? えっと、今日?」


 妖精らしき生き物に問われ、今朝目が覚めたときのことを思い出してみた。



 **********



 目が覚めたときには、窓からの光で部屋が明るくなっていた。

 一人暮らしの部屋は静かで、アラームの音はない。最近はアラームが鳴らなくても起きることができるようになっていた。

 寝たままの姿勢で、枕元のスマートフォンを手に取り、時間を見た。

 6時55分。


 ……なんでメイクを落とさずに寝ちゃうんだろ。


 理由はわかっている。

 面倒だということ以外ない。


 ほんとにめんどくさい。

 このめんどくささを乗り越えて、帰宅後すぐに、それも毎日メイク落としと洗顔をしている女性は尊敬に値するわ。


 ベッドの上で天井を見つめたまま、しばらく思慮にふけっていたが、観念して思考を切り替えた。


「んん~」


 布団の中で伸びをして、上体を起こした。ベッドの上で手を伸ばし、カーテンを開ける。

 シャッ……


 この音好きなのよね。なんか元気もらえそうで。


「さ、用意しよ」


 声に出すことで今日の自分の調子を確認することにしている。


 うし! 今日も異常なし! やる気もなし!


 スマートフォンで音楽を流す。

 朝の1曲目に流す曲は、いつも決まっていない。

 聞き覚えはあるがタイトルは知らない曲を聴きながら、ベッドから降りてバスルームに向かった。



 **********



 ドライヤーで髪を乾かしてから、廊下に出た。

 右にキッチン、左には脱衣所と風呂場、トイレがある。玄関直結の短い通路に、生活のすべてを押し込んでいる。

 通路に申し訳程度のキッチンがあるだけなのに、この部屋を1Kと呼ぶのは、入居から3年経った今でも納得できない。


 ワンルームでしょ、この部屋。

 キッチンじゃないわよこれ。通路よ。

 便所に向き合うキッチンてどうよ? 野菜切ってる背後に便器があるのよ。

 もう少し広いキッチンがあれば、冷蔵庫ももっと大きなものを置いて、いろいろできるのに。


 小さめの冷蔵庫のドアを開けると、いつもの朝食が見える。

 ヨーグルト。

 そして冷蔵庫の上に乗っている電子レンジ。さらにその上に乗っているのがフルーツグラノーラの袋とバナナ1房だ。

 フルーツグラノーラをザザッと器に移し、ヨーグルトをかける。そしてバナナを房から1本ちぎった。テレビの前のテーブルに並べた。深めの皿に乗ったフルーツグラノーラ。その上にかけられたヨーグルト。そのとなりに無造作に置かれたバナナ。


「ごきげんな朝食ね」


 特に理由がない限り、いつも同じ朝食を食べる。

 われながら合理的だと評価している。



 **********



 朝食を終えメイクをする正面で、テレビでは男女のアナウンサーが軽快なトークを繰り広げていた。


「この人も自分でメイクするのよねー、局アナなんだから。えらいよ、あんた」


 タレントはメイクしてもらえるが、テレビ局の社員はそうではないというのを聞いたことがあった。


「よし! できた!」


 画面の中のアナウンサーに比べると、ナチュラルメイクである。


 これでいいのよ。別に誰にも見られないんだから。


 メイクの次は着替えに移った。下着から始まり靴に終わる、そのすべてがGU。


 これでいい。ユニクロって結構高いし。


 家を出て鍵をかけ、エレベーターに向かって歩く。

 須藤珠美のいつもの出勤ルーティン。


 これでいい。特別でなくていい。

 今日が29歳の誕生日だなんてことは忘れていたいから。

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