第1話 子持ちシシャモ 1/6
「ちょっと! どういう出し方なのよ! ぐぁっ! くっさ!」
これは……なに?
深夜、自室の床に出したばかりのゲロの中から、妖精が抗議している。
可愛らしい服を着た、可愛らしいサイズの、少女とは言えなさそうな年齢の妖精。
なんなのこれ……
なぜ私のゲロから妖精が生まれるの? いや、私から妖精が出たの?
「ったくもー……あんたさー! 今日がどういう日かわかってんの?」
「え? えっと、今日?」
妖精らしき生き物に問われ、今朝目が覚めたときのことを思い出してみた。
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目が覚めたときには、窓からの光で部屋が明るくなっていた。
一人暮らしの部屋は静かで、アラームの音はない。最近はアラームが鳴らなくても起きることができるようになっていた。
寝たままの姿勢で、枕元のスマートフォンを手に取り、時間を見た。
6時55分。
……なんでメイクを落とさずに寝ちゃうんだろ。
理由はわかっている。
面倒だということ以外ない。
ほんとにめんどくさい。
このめんどくささを乗り越えて、帰宅後すぐに、それも毎日メイク落としと洗顔をしている女性は尊敬に値するわ。
ベッドの上で天井を見つめたまま、しばらく思慮にふけっていたが、観念して思考を切り替えた。
「んん~」
布団の中で伸びをして、上体を起こした。ベッドの上で手を伸ばし、カーテンを開ける。
シャッ……
この音好きなのよね。なんか元気もらえそうで。
「さ、用意しよ」
声に出すことで今日の自分の調子を確認することにしている。
うし! 今日も異常なし! やる気もなし!
スマートフォンで音楽を流す。
朝の1曲目に流す曲は、いつも決まっていない。
聞き覚えはあるがタイトルは知らない曲を聴きながら、ベッドから降りてバスルームに向かった。
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ドライヤーで髪を乾かしてから、廊下に出た。
右にキッチン、左には脱衣所と風呂場、トイレがある。玄関直結の短い通路に、生活のすべてを押し込んでいる。
通路に申し訳程度のキッチンがあるだけなのに、この部屋を1Kと呼ぶのは、入居から3年経った今でも納得できない。
ワンルームでしょ、この部屋。
キッチンじゃないわよこれ。通路よ。
便所に向き合うキッチンてどうよ? 野菜切ってる背後に便器があるのよ。
もう少し広いキッチンがあれば、冷蔵庫ももっと大きなものを置いて、いろいろできるのに。
小さめの冷蔵庫のドアを開けると、いつもの朝食が見える。
ヨーグルト。
そして冷蔵庫の上に乗っている電子レンジ。さらにその上に乗っているのがフルーツグラノーラの袋とバナナ1房だ。
フルーツグラノーラをザザッと器に移し、ヨーグルトをかける。そしてバナナを房から1本ちぎった。テレビの前のテーブルに並べた。深めの皿に乗ったフルーツグラノーラ。その上にかけられたヨーグルト。そのとなりに無造作に置かれたバナナ。
「ごきげんな朝食ね」
特に理由がない限り、いつも同じ朝食を食べる。
われながら合理的だと評価している。
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朝食を終えメイクをする正面で、テレビでは男女のアナウンサーが軽快なトークを繰り広げていた。
「この人も自分でメイクするのよねー、局アナなんだから。えらいよ、あんた」
タレントはメイクしてもらえるが、テレビ局の社員はそうではないというのを聞いたことがあった。
「よし! できた!」
画面の中のアナウンサーに比べると、ナチュラルメイクである。
これでいいのよ。別に誰にも見られないんだから。
メイクの次は着替えに移った。下着から始まり靴に終わる、そのすべてがGU。
これでいい。ユニクロって結構高いし。
家を出て鍵をかけ、エレベーターに向かって歩く。
須藤珠美のいつもの出勤ルーティン。
これでいい。特別でなくていい。
今日が29歳の誕生日だなんてことは忘れていたいから。




