第2話 粗大ごみシール 6/8
「『は?』とはなによ、ダメなの?」
チハルさんが不満そうに言う。
「い、いや、ごめんなさい。そうじゃなくて、目立つでしょ」
「あ、そっか、言ってなかったね。妖精はね、憑いてる人にしか見えないように姿を消せるのよ」
「そ、そうなの?」
「そうよー。だって憑いてるのよ。ずっと一緒にいるのに、ほかの人から見えてちゃ困るでしょ」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「声だって、周りに聞こえないように出せるわよ」
チハルさんはそう言って一拍置いた。
『ほら、ね?』
「いや、わかんないんだけど。私しかいないじゃん」
「あーもーわかったわよ。それは外出てからやるから。ほら、早くいこ。どこ行くの?」
「そこのライフ」
「え、サーターアンダギー買って」
「あ、美味しいらしいね。買ったことないけど」
ブラウスの上からセーターを着て、テーブルの上に置いていたエコバッグを手に取り、玄関へ向かう。
奇妙な二人暮らしの一日目が始まった。
**********
11月7日、土曜日の午前10時。
ニットのセーターでちょうどいいくらいの気温だった。
晴れていて、休日としては申し分ない気候だ。
「気持ちいい天気ねー。ここからどれくらい? ライフまで」
「5,6分かな、歩いて」
「そっかー、ほんじゃ、失礼して」
チハルさんは言いながら私の肩に腰かけてきた。
「……飛ばないの?」
顔のすぐ横の妖精に訊く。
「長距離は結構疲れるのよ。部屋の中を休み休み飛ぶくらいならいいんだけどね」
「そういうもんなのね」
「スキップみたいなもんよ。ちょろっとやるくらい、どうってことないけど、5,6分もスキップできる? できるかもしれないけど、疲れるでしょ?」
「まぁ、そうね、重さなんてほとんどないし、周りから見えないならいいわ」
アパートからスーパーまでの道は車道と歩道の区別がほとんどない。
若いカップル、中年女性、3人で騒ぎながら走る小学生の男の子たちの横を、車がたまに通る。
まばらではあるが、適度に人目がある。今の部屋を紹介した不動産屋のスタッフが言っていた言葉を思い出した。
「こういう、良い感じに人目があることで、治安がよかったりするんですよ」
まったくその通りだと思っていた。思っていたが、今日はその人目が、やけに自分に向けられている気がする。
元気に談笑していた小学生の男の子たちは、私とすれ違うときだけ急に黙り込み、盗み見るようにこちらに視線を送ってきた。
……なんなの?
「どうかした?」
「い、いや、なんか、やたら見られるなーと思って。姿消してるんだよね?」
「あ、ごめんまだやってないわ」
ちょっと。
慌てて肩の上の妖精を捕まえてエコバッグに突っ込んだ。
「ちょっと! なにすんのよ!」
チハルさんがエコバッグの底から抗議する。
人のいない方に早足で歩きながら、エコバッグを顔に近づけて小声で叫んだ。
「こっちのセリフよ! 早く姿消して! 声も!」
「わかったわよ。いいでしょ、飛んでなかったんだから。周りの人も変なアクセサリーだと思ってくれたわよ」
……そんなのつけてる女だと思われたくないのよ。
家と家の間の道の、さらに入り組んだ道を選んで、立ち止まった。
「早くしてね」
『はーい。オッケーよー。姿も消えてまーす』
エコバッグの中から声が聞こえてきた。
中を覗くとチハルさんが不満そうにあぐらをかいて座っている。
「いや、聞こえてるし見えてるんだけど……」
『だからそういうもんだって言ったでしょ! 怪しむならスマホで動画撮ってみなさいよ! 姿も声も撮れないわよ!』
チハルさんが早口にまくしたてる。
「ん、じゃあ、試しに」
チハルさんの言うことを疑うわけではないが、自分が見えているものが、他人の目やカメラに映らない、ということは確かめてみたいというより、体験してみたい。
スマホのカメラを起動し、エコバッグの中の妖精に向けてみた。
彼女はカメラに向かって、なぜかはにかみながら、控えめに手を振っている。
エコバッグの中の妖精の姿と、スマホの画面を見比べる。
確かに、肉眼でははっきりと、チハルさんの姿が見えているのに、スマホのカメラで映し出されているのは空っぽのエコバッグだ。
なんか、逆ARみたい……
「……声は? どうなの? なんかしゃべってみてよ」
『……え、えーっと、こういうとき……な、なんて言うのがいいのかな?』
「なんでもいいわよ!」




