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第47話 灰鷹隊



【灰鷹隊】


 灰鷹隊は、トゥーゲンフルス帝国末期に存在した治安維持・遊撃部隊である。正式には、フォンヴァルト公爵家騎士団隷下の独立部隊として扱われたが、その起源は帝都下町の町道場を拠点とする若者たちの義侠的集団にあった。


 初期の灰鷹隊は、ロビン・フォン・バーゼル、レイバー・ツィンマー、リッカ、ローレンス・ミュラーら、グラウフェルト出身の若者たちを中心としていた。彼らは帝都で騎士を志したが、当初は正式な軍籍を持たず、行商人の護衛や下町の揉め事の仲裁などを通じて名を上げた。


 「灰鷹」という名は、もともと下町の人々が彼らを呼んだ俗称であったとされる。灰青色の首布、グラウフェルトの火山灰、そして彼らの素早い動きが由来とされるが、明確な命名者は不明である。


 のちにフォンヴァルト公爵家の公認を受け、帝都巡衛隊第三分隊として公式化された。さらに第二次チェシー征伐における撤退支援の功績により、灰鷹隊は公爵騎士団隷下の独立部隊となり、専用の詰め所、厩舎、軍馬、正式な隊旗を与えられた。


 正式隊旗の意匠は、交差する二枚の灰鷹の羽と雷槍であった。


 しかし、灰鷹隊の伝承においてより重要視されるのは、少年時代にグラウフェルトの秘密基地で掲げられた手書きの旗である。レイバー・ツィンマーが幼いロビンに持たせたとされるこの粗末な旗は、後の最終突撃伝承において大きな意味を持つ。


 灰鷹隊の軍事的特徴は、正規騎士団と市街治安部隊の中間にあった。


 彼らは騎士としての格式や軍学に乏しかった一方、帝都下町で培った実務能力、斥候、捕縛、路地戦、夜襲、即席防御に優れていた。レイバーによる火薬筒対策、ヴァーレンハーフェン市街戦における迷路化戦術などは、その代表例である。


 革命政府初期の記録では、灰鷹隊は旧体制側の私兵、帝都民衆を弾圧した治安組織として強く非難された。これは彼らが革命運動の取り締まりにも関わっていたためである。


 しかし、後年の研究では、灰鷹隊の活動はより複雑に評価されるようになった。


 下町の治安維持、行商人保護、誘拐事件の解決、ヴァーレンハーフェンにおける避難民保護、エレオノーラ・フォン・バーゼル救出への関与など、単なる旧体制の弾圧部隊として片づけられない側面が明らかになったためである。


 この再評価に大きく寄与したのが、灰鷹隊生存者ローレンス・ミュラーの回想録と、帝都下町に残された口伝であった。


 灰鷹隊は最終的に、北部撤退戦の黒松峠において壊滅したとされる。


 北部公爵アルブレヒトが自害し、公爵軍を解散した後、ロビン・フォン・バーゼルと二十余名の残存兵は、グラウフェルトへ通じる黒松峠の突破を試みた。


 この最終突撃について、同時代のまとまった記録は少ない。


 チェシー側の断片的記録には、夜明け前、灰青色の布を身につけた少数の槍兵が峠の封鎖線へ突撃したとの記述がある。また、革命派民兵の証言には、「古い旗とも布切れともつかぬものを槍に巻いた男が、青白い雷をまとって走ってきた」とある。


 この証言が、後世における「灰青の稲妻」伝承の原型と考えられている。


 灰鷹隊の最終突撃は軍事的には無謀であり、戦局を左右するものではなかった。


 彼らは帝国を救えなかった。


 北部公爵家を守れなかった。


 黒松峠を奪取したという確実な記録もない。


 しかし、彼らが故郷グラウフェルトを目前にして最後の突撃を行ったことは、多くの伝承と敵側証言が一致している。


 そのため現在では、灰鷹隊は帝国末期の小部隊でありながら、旧時代の武勇と新時代の戦争の狭間に消えた象徴的存在として扱われることが多い。





   ◇





【ロビン・フォン・バーゼル】


 ロビン・フォン・バーゼルは、灰鷹隊隊長であり、没落貴族バーゼル家を一時再興した槍使いである。


 バーゼル家は、先々代皇帝に仕えた武闘派貴族の家系であり、雷魔法を付与した馬上槍術で知られた。しかし、先々代皇帝の崩御後、政争に敗れて没落し、ロビンの代には地方名士に近い立場となっていた。


 ロビンはグラウフェルトで育った。


 平民の子らと肩を並べて学校に通い、町道場で槍を学び、レイバー、リッカ、ローレンスらと共に灰の野を駆けた。少年時代、彼は身分ゆえに周囲から浮くこともあったが、レイバーに仲間へ引き入れられたとされる。


 後年の灰鷹隊伝承では、ロビンが最初に手書きの旗を持った少年として描かれることが多い。


 帝都へ出た後、ロビンは騎士を志したが、当初は正規の道を進むことができなかった。町道場を拠点に仲間を増やし、下町の治安維持、護衛、事件解決を重ねる中で、次第に「灰鷹隊」の中心人物となっていく。


 公爵家三女エレオノーラとの出会いは、ロビンの人生を大きく変えた。


 誘拐事件で彼女を救出したことをきっかけに、灰鷹隊はフォンヴァルト公爵家に認められ、やがて公爵騎士団隷下の公式部隊となる。第二次チェシー征伐における撤退支援の功績により、ロビンはバーゼル家再興を認められ、エレオノーラと結婚した。


 この時期が、ロビンと灰鷹隊の全盛期であった。


 しかし、帝国の衰退は止まらなかった。


 第三次チェシー侵攻戦において、ロビンは灰鷹隊を率いてヴァーレンハーフェンへ出陣した。野戦で敗北し、市街戦で抵抗し、帝都陥落の報を受けて北へ撤退した。


 この撤退の過程で、ロビンは多くの仲間を失う。


 オスカー・フォン・ヴァルトはヴァーレンハーフェン北門に残った。


 リオン・フォン・アルトベルクは帝都へ戻り、エレオノーラを救出して死亡した。


 ローレンス・ミュラーはエレオノーラ護衛のため本隊を離脱した。


 レイバー・ツィンマーは追撃を止めるため谷橋を落とし、行方不明となった。


 北部公爵アルブレヒトは黒松峠手前の森で公爵軍を解散し、自害した。


 最終的に、ロビンの周囲に残った主だった幼馴染はリッカのみであった。


 ロビンの最期については、黒松峠の最終突撃において戦死したとするのが正史上の一般的見解である。


 敵側証言によれば、彼は槍に古い布片を巻きつけ、青白い雷をまとって突撃したとされる。この布片は、レイバーが少年時代の手書き旗から切り取って持っていたものとする伝承がある。


 あるチェシー兵の回想には、次のような記述がある。


「夜明け前、雪の中から灰青の稲妻が走ってきた。馬ではなかった。男が槍を持って走っていた。旗とも布ともつかぬものが、その槍に巻かれていた」


 また、革命派民兵の証言には、「小柄な女槍使いがその男の横にいた」とあり、これはリッカを指す可能性が高い。


 黒松峠の戦いの後、ロビンの遺体は確認されていない。


 当時の戦場は雪と混乱に覆われ、遺体収容は不十分であった。突撃に参加した灰鷹隊士の多くも、身元確認されないまま埋葬されたか、あるいは行方不明となった。


 そのため、グラウフェルト地方にはロビン生存伝承が残る。


 最も有名なのは、ロビンが黒松峠の戦いを生き延び、少数の仲間と共に山中へ落ち延びたというものである。


 この伝承は、エレオノーラ・フォン・バーゼルがグラウフェルト山中で隠棲していた事実と結びつけられることが多い。


 エレオノーラは生前、自らの正体を語らなかった。死後に発見された遺書によって、彼女がロビンの妻であり、帝都動乱後にローレンスと侍女ミラに守られて北へ逃れたことが明らかになった。


 しかし、遺書にはロビンと再会したか否かが明記されていない。


 この沈黙が、後世の想像を呼んだ。


 エレオノーラの隠棲先には、彼女と子を支えた同居人がいたとする地元伝承がある。だが、この人物についての資料は極めて少ない。村の口伝では「無口な槍使い」「右手に古い傷のある男」「灰色の奥方の家に薪を運んだ男」などと語られるが、名は残っていない。


 エレオノーラの子、すなわちロビンの子であったと考えられる人物の晩年証言には、次のような一節がある。


「彼は、私に父とは名乗らなかった。ただ、私を大事に育ててくれた。槍の持ち方を教える時だけ、少し怖い顔をした」


 この「彼」がロビン本人であるかどうかは、現在も断定されていない。


 ローレンス・ミュラーも、この件について明確な証言を避けている。彼はエレオノーラをどこへ逃がしたかを生涯語らず、ロビンの生死についても「僕が知っていることと、語ってよいことは同じではない」とだけ記した。


 そのため、歴史学上は、ロビン・フォン・バーゼルは黒松峠の最終突撃において戦死したとする見解が現在も一般的である。


 一方で、グラウフェルト地方では、ロビンは故郷へ帰ったと信じられている。


 灰色の奥方の墓の近くには、名のない小さな石が一つ置かれている。誰の墓かはわかっていない。文字もない。ただ、地元ではそこを「槍持ちの石」と呼ぶ。


 その石の下にロビンが眠るとする説がある。


 あるいは、そこには誰も眠っておらず、ただ帰れなかった者たちのために置かれた石であるとする説もある。


 いずれにせよ、確かなことは少ない。


 ロビン・フォン・バーゼルは、帝国を救った英雄ではなかった。


 革命を止めた将でもなかった。


 新しい時代を作った人物でもなかった。


 彼は没落貴族の子として生まれ、平民の友と育ち、槍を振るい、恋をし、隊を率い、そして滅びゆく帝国の北路を駆けた。


 彼の人生は、時代の大きな流れに飲み込まれた。


 だが、彼と灰鷹隊の物語は、グラウフェルトの灰の野と帝都下町と、雪の黒松峠に残った。


 現在もグラウフェルトでは、雪の降る日にシーベルト火山を見上げると、灰色の外套の女と、槍を持つ男が山道を歩いているのを見たという伝承が残っている。


 もっとも、これらを裏付ける同時代資料は確認されておらず、現在の歴史学では、ロビン・フォン・バーゼルは北部撤退戦において戦死したとする見解が一般的である。



くぅ~疲れましたw これにて完結です!(2度目)


岡田准一さん主演の映画「燃えよ剣」や「関ヶ原」に影響を受けまくって、人生初めて書き始めた小説です。そんなわけで灰鷹達は最初から死なせるために生み出したキャラクター達でした。

 なので、死なせるときは書いてて気持ちよくなれるだろう(サイコパス的思考)と思って書き始めましたが、めちゃくちゃ思い入れができてしまい、実際に書いているときはとても苦しかった(泣)


 この話に対して蛇足になっちゃいますが、いつか彼らが幸せになれる話も書きたいと思います。

 私は、ある程度書き溜めてしか投稿しないので、いつになるかわからないし、「やっぱり蛇足だな」と思ってやめるかもしれませんが、あんまり期待せずにお待ちいただけると幸いです。


 最後に、読んでくれて、ありがとうございました。

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